原点は「アマゾンの衝撃」㊦ 「世界の問題にも取り組んでいる」

原点は「アマゾンの衝撃」㊦ 「世界の問題にも取り組んでいる」
廃棄物を利用して制作した作品群
原点は「アマゾンの衝撃」㊦ 「世界の問題にも取り組んでいる」
1968年5月、パリの学生運動(撮影=田中駟郎氏)

 パリ4区で画家活動に没頭していたアマゾン移民のフラビオ・シロー画伯こと田中駟郎(しろう)さん(89、北海道)は、パリとサンパウロ(聖)を往復する生活をしていた。田中さんの家族が聖市にいなくなってからは、リオに拠点を移して、パリと年間半年ずつ住み分けて絵画活動を行っいる。

 リオでは「日本人の絵描きとして若かったから、ブラジルの文明・文化に興味を持つ必要があった」とし、黒人がサンバを踊る姿などを絵の中に取り込むことから始め、作家としてブラジルを探求していった。

 自身の作風を田中さんは「父から言われた『先生を持つのではなく、自然の才能を活かす』ことを大切にしている」と話し、1967年頃から、公害や大気汚染、地球温暖化など当時は大きく問題視されていなかったテーマを、作品に込めてきた。「例えば、1人何トンのごみを1年間で作るか。そういったことがテーマになる」と人間の生活が環境に与える問題など、「絵だけでなく世界の問題に取り組んでいる」と語る。

 そんな田中さんは「人間のプレゼンス(存在)がある絵になっている」と評されることが多く、幼少期のアマゾンの樹木で模型を作ったように、廃棄物を利用した創作作品も多数手がけてきた。

 68年5月、パリの学生運動に端を発し、日本や西ドイツ、イタリアなど先進国の学生運動を激化させた「5月革命」が起こった。田中さんは、散歩していた時に偶然、学生運動が始まるところに出くわし、歴史的な瞬間を写真に収めた。「周りには撮影している者は誰もいなかった。おそらく、自分が初めて撮ったんじゃないかな」と振り返り、「(今思えば、)日本の全学連共闘と共通するところがあった」と語る。五月革命は、日本や西ドイツ、イタリアなどの学生に影響を与え、学生運動を激化させた出来事だった。

 世界各地で作品を発表し、数多の受賞歴がある田中さんは、現在は大作ではなく、小さめの作品を主に制作している。田中さんは「手先で描く絵ではなく、エネルギーを込める絵だから大作は大変」と自身の創作スタイルを語る。

 また、「絵の中には常に夢(幻想)がテーマとして入っている」と言い、「アマゾンの密林の世界が、絵の世界観の原点になった。私のモットーです」と強調する。

 ブラジル日系社会では、2008年の移民100周年の際に展覧会を開き、今年7月7日から聖市モルンビー区の画廊「ピナコテッケ」で、「今回が最後の展覧会になるかもしれない」と移民110周年を記念した回顧展も開催している。絵を描き始めた1942年から今年まで76年間で描いた作品約50点が並び、9月にはリオ市でも開催される。開会式では、父がトメアスー移住地で、ブラジルで最も硬い木パウ・サントで作った拍子木で幕開けの音頭を取った。パウ・サントの拍子木は日本人大工しか作れない代物で、田中さんは父の形見とともに、移民110周年を祝った。

 アマゾンの密林、リオの美港、芸術の都・パリを見てきた作家は、移民110周年を「(自身の)年齢と移民の歴史を合わせれば200になる。これは面白い」とユニークな発想で話した。(戸)(おわり)

2018年7月18日付

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