命の重さ 堀江 渚

命の重さ 堀江 渚
堀江渚

 「人の命は地球より重い」という言葉が頭を過ったのは、私の長男が埋葬された日のことである。

 移住1年後に彼は入植地の養鶏場で誕生。植えた野菜が収穫できるまで死んだ鶏、壊れた卵、穀物のみの食事。

 妊娠していた私は、歯根から出血し、鳥目になった。

 夕方、私の家に裸足の現地人労働者の子供が集まってくる。スカートの中に大きな葉野菜を隠し持って来た女の子を抱きしめ、その縮れた赤毛の上にこぼした涙。その子らの母親がくれた生後すぐ亡くなった赤子の衣類を私は長男に着せ、必死で育てた。

 母乳が不足してくると山の向こうにある牧場まで牛乳を分けてもらいに毎朝通った。私は往復2時間半、パトロンに何と言われても赤ん坊の命をつなぐために半年近く通い仕事を続けた。倒れそうになる私をその我が子が生きる力をくれた。彼は心優しい誰からも愛される長身のエキゾチックな容貌の青年に成長した。

 19歳の最愛の彼の命の火が消されたのは大西洋沿岸で仲間と遊泳中のことだった。

 埋葬の終わった墓場で数え切れない人が私を抱擁し去って行った。最後に隣家の日本人男性が私に他にも男の子が有るかと尋ねた。私が次男がいると答えると「じゃぁ、いいじゃないか」と言うとさっさと遠のいた。

 「他に子供がいようがいなかろうが、一人の人間の命の重さは同じじゃないか」と煩悶し、その言葉は脳裏から去ることは無かった。

 その数カ月後、その男性はまじめな日系の妻子を追い出し、伯人の女を家に入れた。

 しかし、その女に逃げられて自殺した。彼は人の命の重さを知らなかったのに違いない。気の毒な人であった。

【なぜ、そんな人の命を軽く考える人間が生まれるのであろうか】

 人は、胎内にいる時から優しい声を掛けられ誕生後も豊かな愛を受けて人の命の重さが分かる正常な人間に成長すると言われている。

 5年前の大震災時に、マイクを握って避難勧告を放送し続けた女性は自分の命と引き換えに多くの命を救ったに違いない。人の命の重みを知っていた超正常で真の人間らしい人であった。

 男女が愛し合って結ばれ生まれたのではなく何かの事情で女性の胎内に宿った胎児が生誕後も愛を受けずに成長したらどうなるだろう。

 私の友人が車に乗り込んで来た強盗に生い立ちを尋ねたら刑務所で生まれ、親も分からず教育も授けられなかったと言ったという。

 毎朝、優しい声を掛けた植木鉢の花は他の花より美しく咲くことは実証されている。花でさえそうである。地球上が命の重さを知っている人の愛で満たされることを心から祈りたい。(落書倶楽部から転載)

2016年9月27日付

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