【移民106周年】和歌山県知事が初訪問 南マ州ドウラードスと松原移住地

仁坂知事を出迎える谷口代表(左)

 4月27日にサンパウロ(聖)市内で開催された在伯和歌山県人会連合会の創立60周年記念式典への出席をメーンに、5日間の日程で来伯した仁坂吉伸和歌山県知事、山田正彦県議会議長をはじめとする母県使節団一行。24~26日には多くの同県民が移住したマット・グロッソ・ド・スル(南マ)州ドウラードス市を同県知事として初めて訪れた。今回、使節団一行に同行して現地移住者と交流した様子を、写真を交えて紹介する。(川口裕貴記者)

 仁坂知事は5年前に聖市内で開催された同県連合会55周年の記念式典出席ため来伯しているが、その際、ドウラードス在住の移住者が多く出席している情報を聞き、今回の来訪を決断。県議員や民間使節団合わせて56人を引き連れて同市への初来訪を果たした。

 4月24日午後4時にドウラードス市の飛行場に降り立った使節団一行。空港には約10人の同県出身移住者が出迎え、「ようこそおいで下さいました」と谷口史郎南マ州和歌山県人会支部代表が仁坂県知事とあいさつを交わした(写真1)。

 同日午後8時から同市主催による式典が同市議会で行われ、ムリーロ・ザウイス市長(PSB)、オディロン・アザンブジャ副市長(PMDB)をはじめ議員ら20人が出席して来訪を祝福した。同県移住者、使節団ら約150人が見守る中、市側から歓迎の言葉や記念品交換を通じて交流を図っていた。

(写真左=和歌山の五木ひろしと豪語して会場を盛り上げる山田議長(右端)。この後ステージで歌を披露した)

 翌25日早朝、使節団一行は同市から約65キロ離れた松原移住地に赴き、同移住地に唯一住む1世の那須千草さん(70)宅を訪れた。庭先でバスから降りた使節団を迎えた那須さんは仁坂知事と山田県議長を自宅に招き入れて対談を行った。

 対談で那須さんは「知らぬうちに時間だけが過ぎてしまい、自分だけここに残るというのも不思議な気持ち。61年間本当に頑張ったと思う」と2人に語った。言葉に対し山田県議長は「入植された当時のご苦労は分からないが、とにかく大変だっただろうと思う。本当にお疲れ様でした」と、長年の労をねぎらう言葉を述べた。

(写真右=移民の歴史を説明する城田校長(右端)の説明を聞く仁坂知事ら)

 松原移住地を後にした一行は同日午後、同市内文協で南マ州和歌山県人会支部主催による歓迎式典に出席。母県移住者やその子弟約200人が出席して盛大に催され、使節団と積極的な交流が行われた(写真4)。

 翌日午前、ドウラードス日本語学校モデル校を訪問。同校生徒らによる太鼓の演奏で歓迎を受けた一行は、城田志津子校長によって紙の模型を用いた日本人移民の開拓当初の苦難から現在の繁栄までの説明を聞いていた(写真5)。

 予定では同日午前の飛行機でサンパウロに向けてたつはずだった一行だが、搭乗便が到着したのは午後4時を過ぎたころ。想定外の出来事となってしまったわけだが、使節団はその間、共栄移住地訪問やマット・グロッソの自然を感じてドウラードスを後にした(写真6)。

和歌山県民のドウラードス移住

 ドウラードス市への和歌山県民の移住は、戦前移住していた故・松原安太郎氏(日高郡みなべ町出身)が戦後、ブラジル政府と交渉して同市から65キロ離れた地に69家族の日本人を入植させた「松原移民」に端を発する。うち同県民は56家族に及び、その後も近郊のクルパイや共栄といった移住地にも多くの県民が移住した。累計で112家族の県民が周辺地域に移住し、現在約230家族の子弟がいるとされる。

(写真左=蟻塚を興味津々で見つめる使節団)

2014年6月21日付

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