特別寄稿 在サンパウロの県人会について考えたこと① 日本ブラジル中央協会常務理事・桜井 悌司

 2004年11月から2006年3月まで、ジェトロ・サンパウロ所長として、サンパウロに駐在した。日系コロニアのイベントには、数多く参加させていただいた。そのことは、日本ブラジル中央協会のホームページの連載エッセイ11の「ブラジル文化福祉協会(文協)での人材育成セミナー」や連載80の「フェスチヴァル・ド・ジャポン(日本祭り)のこと」にも書かせてもらった。ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)のことについては、連載80でも触れたが、その傘下にある都道府県の県人会がどのような活動を行っているのかにつき関心を持ち始め、県連のホームページやいくつかの県人会(存在するもののみ)のホームページを調べてみた。加えて、日系コロニアの方々やブラジル駐在経験者数人にも意見を求めた。アウトサイダーによる独断と偏見かも知れないが、県人会の概要と今後の活性化について提言したい。すべて個人の意見である。

◆1 県人会の設立年

在サンパウロの県人会について考えたこと①

 県人会を統括するブラジル日本都道府県人会連合会(県連)の設立年は、1966年であり、2016年には創立50周年を迎えたことになる。各県人会の設立年を調べてみると、下記のようになっている。最初に設立されたのは、鹿児島県で、1913年、次いで、福島県も1917年である。

 鹿児島県も福島県も移住者が多く、必然的に早い設立になったものと思われる。1920年代には 沖縄県(1926年)と、山口県(1927年)が設立された。沖縄県は最大の移住者を誇っており、最初に設立されても不思議ではないが、笠戸丸移住以降の様々な事情により、設立が遅れた。1930年代には、福岡県、石川県、岐阜県、北海道の4件が、1940年代には、三重県、群馬県、宮崎県の3県が設立された。かなりの歴史と伝統があることが理解できる。その後、1951年から55年にかけて15県、1956年から1960年にかけて16県の県人会が集中的に設立された。50年代は移住華やかなりし時期で、県知事が新規移住者の受け皿として戦前移住者に県人会の設立を奨励したと言われている。1961年以降は、5県となっている。県人会すべてが、県連より以前に設立されていたことが理解できよう。

◆2 県人会事務所の所在地区

在サンパウロの県人会について考えたこと①

 日系コロニアと言えば、かって日本人街と呼ばれたLIBERDADE地区やRua Galvão Buenoを思い出すが、県人会の事務所の所在地をみると下記の表のようになっている。LIBERDADE地区が大多数の22県、次いでVILA MARIANA地区の9県、ACLIMAÇÃO地区の7県、SAÚDE地区の7県となっている。所在地については、日系コロニアの居住分布からみて納得がいくが、日系コロニアの方々が、サンパウロ市の各地に分散して居住されているので、昔のような便利さが失われつつある。

◆3 会員数・会員家族数

在サンパウロの県人会について考えたこと①

 県連のホームページ(2015年をベースにしている)から各県人会の会員数をみてみよう。会員数と会員家族の2つの表示があるが、下記のように分類してみた。会員数・家族の多い順をみると、1位が沖縄で、2500名、第2位が鹿児島で1700家族となっている。以下、長野、北海道、福岡、山口、山形、宮崎、静岡までが、500名・家族を超える。九州の県人会の会員数・家族の多いことが理解できる。

 数字上の判断であるが、やや心配なのは、200名・家族以下の県で、神奈川、徳島、宮城、滋賀、青森、千葉、東京、埼玉、京都の9県である。京都と埼玉は、活動を停止していると言われている。各県人会の内容は、十分な情報が無いのでわからないことが多いが、会員数・家族を見る限り、会員の多い県人会と多くない県人会、中間に位置する県人会に分かれている印象である。

◆4 ホームページ保有県人会数・県人会館の運営・宿泊施設保有県人会数

在サンパウロの県人会について考えたこと①

 次に各県人会のホームページ保有状況をみてみよう。県連のホームページによると、47都道府県の県人会の中でホームページを独自に保有している県人会数は、19となっている。しかし、表示されないホームページは、4県あるので、15程度と考えられる。ほとんどがポルトガル語によるホームページであるが、日本語も持っているのは5県である。ホームページの保有県人会数が少ないのは、世代交代が進んでいないこと、会員数が少ないことが主要な理由と思われる。各県人会の情報発信力は、一部を除いて、それほど強くないという印象である。

 「追記」その後の調査では、ホームページではないがフェイスブックの通信手段を使用している県人会が急激に増加している。

 県人会館は、通常、母県の予算で建設し、運営、維持管理は県人会が行うというやり方がほとんどである。しかし、時間の経過とともに老朽化が進み、保守・管理・回収の経費が発生する。これらの経費をどうするかも問題となって来る。また、日系人の多くが、日本人街に住んでいた時代と異なり、現在では、日系人は、サンパウロ市や郊外に広く分散して居住しているので、前述のように県人会館の地理的優位性はなくなっている。

 県人会館の中には、宿泊施設を保有する県人会が、14に及ぶ。香川が40ルーム、栃木が36ルーム、青森が、20ルーム、以下、千葉、16ルーム、広島、12ルーム、宮城、10ルームと続く。後の滋賀、茨木、群馬、北海道、富山、静岡、山梨、福岡は、8ルーム以下である。

 県人会館の宿泊施設の利用方法は2つ考えられる。8室以下の宿泊施設を持つ県人会館は、基本的に地方からサンパウロにやって来る県人会関係者、子弟の宿泊のために使われるケースが多い。部屋数の多い県人会館は、会館の維持運営費を捻出するために貸部屋として作られたものである。LIBERDADE界隈には9の大学が校舎を持っており、貸室に対する需要が極めて多く、いつも満室の盛況という。

 宿泊施設を保有することは、母県との人的交流を促進するための有効な手段であるが、維持費がかかるので、経営をいかにうまく進めていくかが課題になろう。県人会会館の中には宿泊施設に加え、ホール、セミナールーム、会議室を保有するところもあり、有効活用している例もある。例えば、三重県人会館では、ABRADEMI(ブラジル・マンガ・イラスト作家協会)主催で、2017年には、「日本の歴史コース」を9回開催、2018年も3月から毎月、9回にわたり、開催する計画である。これらのイニシアテイブは、日本文化の普及という意味で素晴らしい企画と言えよう。(つづく)

 【筆者略歴】桜井悌司

 1945年京都生まれ。1967年より2008年まで41年間ジェトロ勤務。メキシコ、チリ・サンテイアゴ所長、ミラノ所長、サンパウロ所長、展示事業部長、監事。2008年から2015年まで、大阪の関西外国語大学教授として、ラテンアメリカについて講義。現在、日本ブラジル中央協会常務理事、ラテンアメリカ協会理事、海外日系人協会評議員。

2018年5月24日付

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