女性の社会進出と幸福度は比例するか? パルジニョ 吉田 恭子

吉田さん夫妻
吉田さん夫妻

 日本は女性の社会進出が欧米諸国に比べて非常に少ないと言われている。日本で女性の社会的な地位が低いのは、社会的に差別されているからだと批判される。確かに、政治家や企業のトップ層に女性が少ないのは事実だろう。ただ、こういう批判を耳にすると、女性が男性と同じ思考形態で行動し、男性と同じことをすることが、即、差別がなく、女性にとってより良い社会と言えるのだろうか?と、天邪鬼な私は考えてしまう。

 能力があり、社会の一線で仕事をしたいと望む女性が、女だからと、その道を閉ざされてしまうことには反対だけれど、だからと言って、女性がみな社会に出て男性のように働くべきだという考え方にも違和感を感じる。男性と女性が平等な機会を与えられることは当然のことながらとても大事だ。ただ、女性と男性は基本的に違うのだから、女性も男性と同じ事をしろと言われると、それで女性はみな幸せだろうか?と疑問に思う。

 最近、一世の友人とメールで話していて、「世界の村で発見!こんなところに日本人」というテレビ番組を見ていると、世界の隅々まで日本人女性が出て行って暮らしていることにとても驚く。どうしてだろう?最近の日本女性は変わったのだろうか?という話になった。それで私なりに考えてみた。日本人男性は子供の頃から、親からの期待が大きく、いい学校に行って、いい会社に入って、結婚してちゃんと家庭を築かなければ一人前ではないという既定の線路が敷かれているため、そこから逸脱することは困難で、人生の選択肢にあまり自由がない。一方、女性は男性ほど期待されない分、やりたいことをやれる自由が多少なりともあり、異なる環境を受け入れる柔軟性もあるのではないだろうか。ブラジルの花嫁移民などこのいい例ではないかと思った。日本人女性には好奇心が強く、海外に出て、様々な異文化を直接経験してみたいと思う人が少なくないのだろうと思う。日本では男性と女性のどちらが幸せだろうかと考えた時、ひょっとすると社会的な縛りが少なく、比較的自由な女性の方が幸せなのかもしれないと思えるのだ。

 日本、アメリカ、ブラジルと暮らしてきて、私なりにいろいろ感じることがある。アメリカには男性同様バリバリと仕事をしている女性が多い。でも、私の個人的な印象ではあるけれど、彼女たちは男性と対等に仕事をするために、心に鎧を着込んでいて、一見強そうに見えるけれど、内面はとても壊れやすく、その弱い部分を隠すためにいつもピリピリしているように感じた。私には彼女達がずいぶん無理をしていると思えてならなかった。そして、彼女たちが外でバリバリ働けるのは、彼女達の夫や社会が助けてくれるからではなく、比較的安い賃金で子育てや家事労働をしてくれる移民の女性たちがいるからという現実もあった。

 話は少し脱線するけれど、日本の家電製品などは使う人(女性)の身になって作られていて、とても便利にできているとつくづく思う。女性だけの開発チームを作って、女性の意見を十二分に取り入れて作っているからだと聞いたことがある。例えば、日本の洗濯機は音がとても静かで、衣類を傷めにくい構造になっている。一方、ブラジルの洗濯機は音がとてもうるさく、洗濯槽の構造は衣類を傷めやすい。そして、新しいモデルが出ても、それらの問題は一向に改善される気配がない。

 私の知る限り、ブラジルでは高層住宅は別として、平屋の場合、洗濯機はうるさいので室内には置かず、屋外の屋根の下にある洗濯場に置くことが普通のようだ。我が家を建てる際、土木技師の人に柱の数や太さの助言を受けた際、洗濯機は台所に置くつもりだと話すと、室内に置くと音がうるさいですよと、忠告を受けたくらいだ。では、何故静かな洗濯機を作ろうという発想にならないのだろうかと不思議に思った。ブラジルは熱帯や亜熱帯に属する国なので、洗濯機が屋外にあっても困らない地域は少なくないだろうけれど、サンパウロや南部の州は温帯で、冬は最低気温が一桁になったりして寒い。そんな寒い屋外で洗濯する人の身にもなってほしい。奥さんも働いていて、お金のある家庭ではお手伝いさんを雇い、洗濯はお手伝いさんがするのかもしれないけれど、そのお手伝いさんだって女性だ。いづれにしろ女性に優しくないことに変わりはない。

 話が逸れてしまったけれど、自分の能力を十分に発揮して男性と同じように働く女性がいたり、子育て期間中は働く時間を短縮できたり、子育てが一段落したら、また仕事に復帰できたり、フリーランスの仕事でも社会保障が他の働く人たち同様に受けられたり、一定以上に大きな会社には従業員のために保育所を作ることを義務付けたりと、様々な働き方を許容する社会を作ることができれば、女性政治家が何人いるとか、会社の経営陣に何人女性がいるという数字には現れない女性の幸せを実現することができるのではないだろうか。

 アメリカでは、一時期、仕事をしていない専業主婦を見下す傾向があったけれど、それもひとつの選択肢として認め、いろいろな生き方、働き方を女性が選択できるような多様性を認める懐の深い社会に、日本がなればいいのになあと夢想している。

2018年9月25日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password