慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う

慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う
テメル大統領夫妻が列席したブラジリアでの記念式典(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)

慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う
テメル大統領夫妻が列席したブラジリアでの記念式典(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
9月7日、ブラジルは独立194年を迎え、ブラジリアをはじめ各都市で独立記念式典が行われた。8月末にはジウマ・ロセフ大統領が罷免され、大きな節目での記念パレードとなった。

ポルトガルの植民地としてスタート

 ブラジルは紀元前8000年頃、ベーリング海峡を渡り、北米、中南米におりてきたアジア系住民が住んでいたにすぎなかった。その後、1500年になってインド洋に向かったポルトガルのペドロ・アルヴァレス・カブラルが率いる船団が、現在のポルト・セグーロ(バイア州南部)付近に到着し、ブラジルを発見した。その後、ブラジルに自生していた赤い染料の原材料となるパウ・ブラジルが発見され、ヨーロッパへ輸出されたのをきっかけとして貴金属を求めて探検隊が奥地を探査するなど調査が続いた。

慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う
儀仗兵の行進、ブラジリアで(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
 1516年には大西洋に浮かぶポルトガル領マデイラ諸島からサトウキビがレシフェなど北東部に移植されたのをきっかけに主要産業となり、インディオやアフリカから黒人が奴隷として栽培・収穫に従事した。

 1549年にはフランス王国の侵入を阻止するためポルトガル王室がサルバドールに総督府を設置し、植民地化を推進。1693年には、バンデランテスと呼ばれる奥地探検隊がミナス・ジェライス州で金を発見したことでゴールド・ラッシュが起こり、続いて同州内でダイヤモンドが発見され、1800年代には約30万人のポルトガル人がブラジルに移住したという。

 同じころ、米国の独立、フランス革命、ハイチ革命など各国の新たな動きに刺激されたブラジルでも独立の機運が盛り上がったものの実現には至らなかった。1807年になり、フランスのナポレオン・ボナ

慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う
陸軍歩兵部隊の行進、ブラジリアで(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
パルト率いるフランス軍がポルトガルに侵攻したことからポルトガル王室はブラジルに移転、1815年にポルトガル・ブラジル及びアルガルヴェ王国をブラジルのリオデジャネイロ市を首都として建国した。しかし、ポルトガル人とブラジル人の対立が次第に高まり、険悪な状態が続いていた。1820年にはポルトガルで自由主義革命が起こりブラジルにいたジョアン6世がポルトガルに帰国し、王子のペドロが摂政としてブラジルに残された。ポルトガル政府はブラジルの植民地化政策を強化したことにペドロは反発し、1822年9月7日、サンパウロ市のイピランガの丘で「独立か死か!」と叫び、独立宣言を行った。

帝政、共和制、軍政を経て民政移管へ

 以後ブラジルは1889年まで帝政時代が続き、1889年1月に共和制が樹立され、ブラジル合衆国となり、中央集権的な帝政時代か

慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う
戦車の行進、ブラジリアで(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
ら州が権限を持ち地方分権の強い連邦共和国制へと移行した。しかし、1929年に起こった世界恐慌で国民の不満が爆発、翌30年11月にゼツリオ・ヴァルガスが混乱した国内を軍部の支持を取り付け大統領に就任、以後15年間にわたり国を治めた。

 第二次世界大戦で国内のあらゆる物資を米国、ヨーロッパに輸出し、第一次世界大戦後各国からの借金をすべて返却し、なおかつ大幅な黒字に転換したブラジルは1945年の終戦を境にポピュリズム(大衆迎合主義)に転換、社会改革を通し、民主化の時代へと突入した。しかし、1960年にブラジリア遷都を決断したジュセリーノ・クビシェッキ大統領は、この首都建設で大きな負債を残しインフレが高進したため民心が離れ、64年、軍事クーデターにより軍事政権が誕生、85年まで南米における反共の砦として親米国を貫いた。

慶祝 ブラジル独立194年記念日 テメル新大統領のもとで独立記念日祝う
空軍飛行隊が快晴のブラジリアを飛んだ(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
 1960年代末から70年代初めには高度経済成長を遂げ、日本とともに年間経済成長率が10%を超える勢いをみせた。当時、米国の未来学者ハーマン・カーンに「21世紀は日本とブラジルの時代」とまで言わせるほどの発展を遂げた。しかし、1973年の第1次オイルショックで経済は低迷、1985年に民政移管された後も長年にわたりハイパーインフレに悩まされ、「失われた時代」を続けた。

 1995年に大統領に就任したフェルナンド・エンリケ・カルドーゾは民営化政策を推進し、金融政策に成功、長年苦しんだインフレを完全に鎮静化させた。続いて2003年に就任したルーラ大統領の時代には、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれ、新興諸国として世界中から注目を浴びるようになり、順調な発展を続けてきた。ブラジルの有識者は「ブラジルが先進国の仲間入りをする条件は、政治と教育を変えないとだめだ」とブラジルの社会変革の必要性を強調した。この数年、経済が悪化し未曾有の経済危機に加え、ペトロブラスを舞台にした汚職事件で政界の浄化が進むことが期待されているが、果たしてどこまで膿が出せるのか、これからが正念場といえそうだ。

2016年9月10日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password