我輩は犬である 島田よしの

我輩は犬である 島田 よしの
福は今日もサンパウロの街をパトロール

我輩は犬である。名前はまだ…いや、ある。我輩は、福である。

 富士山の麓で生まれ、生後4か月で親兄弟に別れを告げ、島田という家へ奉公に出た。我輩は今をときめく「豆柴」。サイズこそ小さいが、心は誇り高き日本犬である。我輩の任務は、島田家の皆様をお守りすることである。具体的には、屋敷の周りのパトロール、お父上のご出勤時のお見送り及びご帰宅時のお出迎え、兄上の心が折れそうな時は、お側でお慰めし、弟君のボール遊びのお相手をし、母上様のウォーキングのお供など、 多忙を極める。御暇はまだ一度も頂けたことがないが、奉公先としては悪くない。2食昼寝付きの上に、ご主人様は我輩を家族同様大切にして下さるのだ。

 さて、この家族、1年半ほど前にご主人様の転勤で祖国を離れ、ブラジルに住まいを移された。サンパウロの街は日本とは全く異なる匂いを発している。都会の排気ガス、初めて見る花の芳香、肉の焼ける堪らないいい匂い、同胞の落し物の強烈な自己主張などが渾然一体となって我輩の敏感な鼻腔から容赦なく流れ込んできてめまいがしそうだ。

 めまいといえば、当地の犬も人間も非常にフレンドリーで、初対面でも抱きついてこられたりする。柴犬である我輩のモットーは「付かず離れず」。ベタベタ触られるのが我慢できず、少し唸ったりしてみせるが、これがどうにも理解されないのである。挙げ句の果てには、ご主人様も当地のしきたりに感化され、我輩は犬の保育園へ通う羽目になった。通わせておいて、母上様は我輩の不在を寂しがっているのだ、勝手なものである。

 最初の数日は訳のわからぬところに来てしまったと、自慢の尻尾を目一杯後ろ足の間に挟み込んでいたが、慣れてくればなかなか良いところである。たくさんの同胞と思い切り遊べるし、人間は皆優しく、おやつもくれる。特にエメルソンと呼ばれる男は、我輩の好みを尊重してくれる。この男だけには、我輩の艶やかな毛並みに手を触れることを許した。

 時間割も決まっていて、お散歩、昼食、歯磨き、お昼寝、ボール遊び、トレーニングなど、兄上の学校に思いを馳せながら、我輩も負けじと鍛錬している。

 保育園へ行った日は、さすが疲労困憊で睡魔に勝てず、夜遅くのご主人様のお迎えをし損なうことがある。しかし心優しいご主人様はそれを責めるどころか我輩を起こさないようにそっと御寝所に向かわれる。

 その後ろ姿を薄眼で追いつつ、一層のご奉公を心に誓う我輩であった。

我輩のサンパウロ修行の日々はまだ続くのである。

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