日本で活躍する日系人経営者(09) 成田 ヴィトール 社長

成田ヴィトール 社長

実践自立の精神が輝きを放つ日系3世
営業で鍛え上げた顧客本位の商売人
日友インターナショナル 成田 ヴィトール 社長 

 
情報化社会で目まぐるしく変化する時代の中で、世の中の変化を見極めその新しい変化を新規事業として商売に取り組んでいく積極果敢な会社が「日友インターナショナル社(本社・神奈川県藤沢市)」だ。また、どのような新しい商材と商品を提供したら顧客に喜んでもらえるのか、会社創業以来19年、これをキーワードにして商売をしている経営者が成田ヴィトールだ。

 若い時から商売を通して人間力を磨き上げてきた成田は、人と会ったら瞬時に相手への思い、この人は今何を望んでいるのか、どう対応すべきか、その「目配り・気配り・心配り」は抜きん出たものがある。しかも感謝の精神を忘れない。成田はこの商売を通して経営者として評価される確かなものを持っている。2007年には神奈川県藤沢市湘南台に敷地500平方メートル、4階建てで建坪1500平方メートルの本社ビルを構える。ブラジルやペルー出身の在日外国人に、今や日常生活に欠かせない数多くの商品を生活文化の向上や利便性、快適性に役立つ、時代の先端を行く消費者密着型の商品を取り揃えて全国規模で商売を展開しているのが日系3世の成田ヴィトールだ。1966年生まれで、来日は88年で天理大学に2年間留学し、日本語、日本の伝統と文化、日本の習慣など日本学を学んだ。その後95年に日友インターナショナル社を設立。来年は創業20周年を迎えるが、同社会議室には取引先からの多数の感謝状が壁一面にかかっている。成田の営業力の凄さを垣間見た思いがする商売人である。

 この日友インターナショナル社は在日ブラジル人を中心にした外国人市場を対象に、95年12月に会社を設立した。主な業務内容は、格安国際電話通 話料金の販売からスタートした電話事業、インターネット事業、インターネット電話とインターネットテレビ(ソフトバンク、テレコム、NTTグループ、 KDDIと提携)、テレビ事業(ブラジルの複数のテレビ局と提携し毎日リアルタイムで直接見たいテレビ番組を見ることができるFiberTV〈ファイー バーTV。21日間以内であれば見たい番組をいつでも見ることもできるビデオ・オン・デマンド・サービス〔VOD〕もある〉)、旅行業事業(旅行社として 航空券やパッケージツアー販売のほか、人的交流事業やアマゾンへの植林ツアー、VISA代行サービスなど)、コンサルタント事業(日本企業のブラジル進出 のために、必要な情報やサービスの提供、現地での事務所や工場、人材採用などを行う総合的なケアサービス)、携帯電話・パソコン・テレビ・炊飯器などの販 売、在日ブラジル人の生活円滑化のための顧客サービスとテクニカルサポートをポルトガル語とスペイン語で行っている。「日本の文化をブラジルに、ブラジル の文化を日本に」という交流事業の促進など、事業内容は在日外国人が日本で生活をしていく上で欠かせない商品群やサービスを揃えている。同社は在日ブラジ ル人市場を中心に、顧客が必要とする商品を揃えて全国レベルのネットワークサービスを行う数少ない会社でもある。

 社名の 由来となった「日友」には、日本及び日本人と友好的な関係で商売と交流を行い、それを拡大し発展させていくという願いが込められ、成田は「日本とブラジル との懸け橋となる会社であり、在日外国人の生活向上とコミュニケーションを促進していく会社だ」という。同社は今全国に10店舗(ピーク時は30店舗)を 出店し、社員は50人(47人はブラジルとペルー出身、日本人3人)、関係会社は2社。各事業部門の中でも長年先行投資を行い同社の顔的存在になってきた FiberTV事業が、経営的に明るさが出てきた点は成田を大きく元気づけている。そのテレビ放送は日本語しか話せない子供の母国語教育にも大きく役立っ ている。

 同社がなぜ顧客から評価されるのか。それは成田イズムの反映そのものでもある。例えば携帯電話販売のお客様対応 では、販売員とお客様が直接顔を向き合って話をする『対面販売』を基本とし、しかもすべてポルトガル語やスペイン語で対応し、日本語会話が十分でない顧客 を不安にさせない母国語商売に徹していることだ。しかもアフターサービスがしっかりしていることも同社の信用を高めている。

  ここまでの会社を築き上げた成田は、アマゾン川河口のパラー州都べレンから南に700キロ離れたツクルイという田舎町で生まれた。両親である父の哲と母の エレーナ・スエコはともにブラジル生まれの2世で、成田は父を5歳で亡くし、妹(ステア、現在は南マットグロッソ州立大学の心理学教授)との2人兄弟で母 の手一つで育った。

 その成田がこう語る。「小さい時から母に日本の伝統的な精神文化を厳しく教え込まれた」と言い、 「2006年に亡くなった母には今でも感謝している」。この町には日系人が成田家以外住んでおらず、すべてブラジル社会の中で育った。その成田を支え続け ていたのがすべてにしっかりした母と日本精神だった。その母のお墓は息子の成田が買い、本社所在地の湘南台に近い神奈川県綾瀬市のお墓に眠っている。成田 は日本に留学する前の21歳までは、サンパウロ郊外のサンジョゼで昼間働き、夜は夜間の学校に通い続ける青春時代を過ごした。いわば苦学力行の生活が数年 間続いた。そして日本留学前には母から「ブラジルと日本の懸け橋になれるような立派な人間になってきてほしい」と励まされた。

  ところで、ブラジルから日本に来る日系ブラジル人の出稼ぎ者は昔も今も日本とブラジルの、特に生活文化の違いで困惑したり隣り近所とトラブルになったりす る例が後を絶たないが、この点について成田は「日本の仕事はきつい、しかし楽しいことも多い、日本はすべてにわたって曲がっていないしすべてルールで動い ている。エチケットやマナーなども含めて日本は伝統に支えられた素晴らしい国だ。その日本のいい点をブラジルに持ち帰って日本の良さを生かしてほしい」と アドバイスをした。同時に日本政府に対する提言を聞くとズバリこういった。「欧米からのブラジル移民は4世、5世になっても母国への留学や就業ビザはすぐ 下りる。日本は3世まではいいが4世以降は許可しないという。血のつながった4世にも日本滞在のビザ発行を出来るだけ早く許可するよう切に願っている」と 声が大きくなった。

 こうした自分自身と確かな見識を持っている成田は、社長としての得意分野である、率先垂範、営業力、 人を育てる、社員の能力を生かす、仕事の責任を任せるなどを基盤に、『信用と信頼』、そして『決断と実行』という、経営トップとして必要な資質を兼ね備え ている経営者だ。経営の現状は「適材適所の人材確保が難しくなってきているが、社員が日本で充実した仕事をやっている姿を見ると嬉しい」という。これから の日友インターナショナル社については「1~2年以内にはブラジルに拠点をつくりたい。同時に日本の商材をブラジルへ、ブラジルの商材を日本へという日伯 双方向の商売と、様々な文化事業ができるような会社づくりを目指していきたい」。

 今成田は、在日ブラジル商業会議所の南 関東エリア委員会の委員長として活躍し、日本とブラジルとの関係強化に努めている。同時にボランティア活動は仕事が忙しく直接参加はあまりできないが、会 社としては全国で開催される地域社会のイベントにはほぼ100%支援しており、同時に音楽・スポーツ・学校・NPOなどにも積極的に支援している。

  取材の最後に、成田に祖父母、両親ともに日本人でよかったことは何かと聞くと「日本には信用・信頼・責任・真面目・勤勉・忍耐・信心など、母が教えてくれ た精神文化がしっかりと根付いている。こうした精神文化に支えられた友達もそうだ」と、親子3代にわたり日本とブラジルの両文化の中で生まれ育った3世の 成田には、日本人の血が今も脈々と流れている。2002年の36歳の時には在日日系ブラジル人社会に寄与したことでブラジル政府からリオブランコ勲章を受 章している。夫人は大学時代の学友で台湾出身の陳美燕(チン・ミエン)、子供は一人息子の徹で18歳、来年大学受験を控えている。(敬称略、筆者=カンノ エージェンシー代表・菅野英明)

2014年12月3日付

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