日本とペルーの架け橋「ペルー最後の侍」㊦

日本とペルーの架け橋「ペルー最後の侍」㊦
社員に指示する津村社長(右端)

株式会社ミッキーツアー 代表取締役 津村 光之

 ミッキーツアーは、創業時から右肩上がりに成長を続けてきたが、2013年が日本人観光客のピークを迎え、それ以後観光客が下降線をたどっている。現在は最盛期の30%も日本人観光客が減っているという。当然、同社の売り上げも下降線をたどった。津村は世界中にあふれ出した中国人観光客に目を付けた。順調に中国人の取扱量も増え続けているのだが、津村は言う。「中国人とのビジネスは難しい。ものの考え方が違いすぎる。自分たちの主張ばかりを押し付けて来るので嫌になってしまう」と中国人との取引に限界を感じている。

◆今後はアジアマーケットに重点

 しかし、津村は、今後は、アジアのマーケットを取り込み、アジア人に多く来てもらいたい、将来的展望を語る。アジアをターゲットにするには理由がある。ペルーに住み始めた当初、キリスト教の考え方をするペルー人の感覚と仏教文化に根差すアジアの感覚の違いを肌で感じてきた。基本的に仏教を重んじる日本と感覚が近いアジアの人に来てもらいたいという思いがある。日秘間のビジネスだけでは成り立たない時代に、感覚が近く、親日であり、日本のサービス業に信頼を持っているアジア人を誘致したい。ペルーに「ペルーを良く知った日本的サービスの会社」があるという事を日系旅行業界として発信していく方針だ。

日秘商工会議所は、在ペルー大使館と協力し、これからの日系企業のビジネスを見据え、アジア各国の大使館(タイ・マレーシア・シンガポール)との交流を通して、日本の良さ、サービスの質などをレクチャーする機会もある。アジア各国から日本のビジネスや、戦後成長の秘訣に関する質問が絶えないという。

◆日本人としての存在感を大切に

 混沌としたペルー社会を生き抜く中で、世界における日本の立ち位置の変化を敏感に感じ取ってきた。「国境の無い時代に、日本人として海外で活躍できるようにならなければいけない」。この思いは年々強くなっている。「中国や韓国など近隣諸国が台頭し、一昔前と日本の置かれた状況は変わっている。優れた能力を持っている日本人だからこそ、その力を今こそ海外で示さなければいけない」と、国外から常に日本の動向を見守ってきた津村は、現状を深く受け止めている。

 津村は、ペルーに移住した時から貫いてきた流儀がある。「海外で決して現地に同化するのではなく、日本人らしい存在感を示したい」。時間にルーズなペルー人が相手であろうと、約束時間はしっかり守り、嘘は付かないという日本社会での基本を全うしてきた。

◆人生は+-ゼロ

 「ペルーに来た当初、思うようにいかない人生に、自分は世界一運が悪いのではないかと思うこともあった。でも今思い返すと、若い頃に上手くいかず、苦労した分、今の仕事ができていると思う、人生プラスマイナス0だ」と笑う。

 また、思うようにいかない時も、事業が軌道に乗った時も、日本に帰った際には地元・大阪府堺市にある神社へのお参り・報告を欠かさなかった。変わらず続けて来た習慣が自分を支え、生き方を再確認する時間になっていた。今でも、日本に帰りたいという思いはペルーの土をはじめて踏んだ日から変わらないという。母国への思い、アイデンティティーを強く抱き、「ペルーを良く知った日本」として存在感を放ち、日本人としての流儀を貫いてきた。

今回の外務大臣表彰を受けた津村は、素直にその受章を喜んだ。名誉欲ではない。「今でも日本は海外移住者の実情を理解していない。このような人たちに、海外で根付いた日本人がやっていることが今後の日本を支えている、ということを真剣に考える機会にしてほしいと思うからです」――。

 ペルー最後の侍の奮闘が、日本流サービスの存在感をペルーに、そして世界に示している。

(敬称略、おわり)

2017年7月27日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password