日本人初のサッカー留学生 60年代に単身渡伯した林英雄さん

写真:99年10月にブラジルへコーチ留学を行った当時の林英雄さん
現在は日伯クラブ活動に尽力

 現在でこそ日本からブラジルへサッカー留学に来る日本人は珍しくないが、今から40年以上前に日本人初のブラジルサッカー留学を行った人物がいる。林英雄さん(62、東京都)はブラジルのサッカーに魅せられて、1960年代に単身留学、サンパウロ州ナショナルアトレティコでサッカーの練習に明け暮れた。

 その後、ブラジルへ永住する気持ちもあったが、永住権が下りずに日本へ帰国。日本ではサッカーから離れた生活が続いていたが、息子がサッカーを始めると同時にかつての思いが沸き起こった。

 林さんは92年に少年サッカーの指導を開始し、「FCエスペランサ」を創部、3級審判を所得した。98年10月にブラジルのクルゼイロにコーチ留学、サンパウロFCでコーチ研修を行ってプロサッカーコーチ組合会員となり、ブラジルの各クラブを取材した。99年には日本でジュニア・ユースチームのエスペランサFC(現在はプロメテウス・エスポルチ・クルベ)とエスペランサスポーツ企画を設立し、同チームは2003年に連盟登録された。

 林さんは現在、エスペランサスポーツ企画の代表取締役を務め、サンパウロ州サンカエターノ市と佐賀県の鳥栖(とす)市のクラブ活動交流に向け、尽力している。
 また、ブラジルのサッカーの試合があるときは欠かさず観戦。南アフリカ開催のワールドカップを、6月15日、ニッケイパレスホテルのロビーで観戦した。

 林さんは「2002年の日韓共催のワールドカップで、アジアサッカーも世界への仲間入りを果たしたが、まだまだ世界とアジアの間には壁がある。これからは若い選手が海外で経験を積むことが必要」と指摘し、一方でブラジルサッカー留学を希望する若い選手は多いが、距離と費用の問題で断念する場合が多いことを強調した。

 林さんは若者に夢を実現させるために、エスペランサスポーツ企画を通じて海外遠征、サッカー留学、指導者研修を行い、その中には海外で経験を積んでプロ契約を結んだ廣瀬一樹さん(神戸広陵高校出身)がいる。現在、サンパウロ州のS・EイタピレンセやサンパウロFCなどのクラブと提携しているが、05年からイタリアの名門クラブ「ユベントスFC」との合宿、遠征を可能にするなど、林さんのサッカーに対する情熱はブラジルへ留学した当初と変わっていない。

2010年7月3日付

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