日系社会の遺産調査⑫ 東洋街日本庭園の「上塚周平像」

日系社会の遺産調査⑫ 東洋街日本庭園の「上塚周平像」
塚周平像(2018年1月17日撮影)

 サンパウロ(聖)市リベルダーデ区のラルゴ・ダ・ポルボラ日本庭園(Av. da Liberdade, 535)内にある上塚周平像は、1978年の移民70周年祭の折りに建立された。
 同周年記念式典と同日の6月18日午後5時半から、同庭園の造成落成式とともに除幕式も開催された。落成式・除幕式では、上塚氏の故郷である熊本県から沢田一精(いっせい)知事、セツバール聖市長(ともに当時)がテープカットを行った。
 「ブラジル移民の父」とされる上塚氏(1876~1935年)は、東京大学法学部を卒業後、移植民事業を志して皇国植民会社(水野龍社長(当時))に入社。笠戸丸で渡伯し、同社現地代理人に。労働者として農業に従事する日本人移民の待遇を見かねて、自営の植民地構想を抱く。
 18年には聖州プロミッソンに第1上塚植民地を。22年には、リンスに第2上塚植民地を建設した。その後、米と綿の栽培事業に乗り出すも実らず、コーヒー農園経営に踏み出す。
 25~26年にかけて旱魃(かんばつ)などに苦しむ日本人移民救済のために、日本政府からの融資交渉を成功させた。
 2003年には、各都道府県人会の協力で、盗まれていたステンレス製の碑文が再度取り付けられている。
 07年には、熊本県人会の働きかけによって、上塚氏の故郷・熊本県城南町にも上塚周平像が建立されている。(つづく)

2018年9月1日付

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