日系社会の遺産調査(30) 石川島の名残を継ぐ 「リオデジャネイロ日系協会会館」

日系社会の遺産調査(30) 石川島の名残を継ぐ 「リオデジャネイロ日系協会会館」
リオデジャネイロ日系協会会館外観(2017年9月15日撮影)
日系社会の遺産調査(30) 石川島の名残を継ぐ 「リオデジャネイロ日系協会会館」
会館内の図書室(2017年9月15日撮影)

 リオデジャネイロ市コスモ・ヴェーリョ区の「リオデジャネイロ日系協会会館」(Rua Cosme Velho, 1166)は80年以上の歴史を持つ建物として、リオデジャネイロ日本人学校・日本語モデル校の敷地内に位置する。

 同会館は、1930年代にポルトガル人によって建立された当初は人家だった。59年に石川島播磨重工業(現IHI)がブラジルに進出し、イシブラスを設立。同社が、現在の日本人学校等の敷地全体を駐在員の社員寮として購入。同建物も社員寮の一部として使用され、一時は同社駐在員の子弟たちを指導する日本人学校として使われていた時期もあった。

 73年創立のリオデジャネイロ日系協会は当初、同市セントロ区に会館を構えていたが、石川島播磨重工業が同敷地から手を引く際、同協会が同会館を買い取って現在まで事務所として使用している。

日系社会の遺産調査(30) 石川島の名残を継ぐ 「リオデジャネイロ日系協会会館」
会館内の娯楽部屋(2017年9月15日撮影)

 内部には、図書室や娯楽施設、着物の着付け教室を行う部屋などがあり、会員らが足を運んでいる。催し事がある際は、日本語学校や日本語モデル校も会館として利用されている。

 同敷地内には、リオ市内まで水が引かれるカリオカ川が流れていたが、現在は暗渠(あんきょ)となっている。

 現在もリオ日系社会の集いの場となっている。(つづく)

2018年11月6日付

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