本紙最後のコロニア10大ニュース

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第1位 本紙が廃刊、73年の歴史に幕

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本紙の社屋

 本紙サンパウロ新聞が73年の歴史に幕を閉じた。

 本紙は、戦後最初の邦字新聞として発刊、以後、読者の耳目となり、その一方で日系コロニアのオピニオンリーダーとして微力ながら貢献してきた。

 邦字新聞は、日系コロニアと運命共同体だ。一世を中心とした日系コロニアにおいては、必要不可欠の存在だった。遠く離れた故国の情報を新聞で知り、ブラジル各地の同胞の動向に注目した。

 農業者が多かった時期は、コチア産業組合やスールブラジルの農業情報が頻繁に出され、農業ページも設けられるなど情報価値が高かった。

 また、読者の多くは日本語の活字を読む機会が少ないため、何度も新聞を読み返し、誤字脱字をわざわざ、新聞社に知らせてきたという。

 しかし、1世が高齢化するに従い、農業者が少なくなり、紙面内容も変化した。地方ニュースが少なくなり、サンパウロのニュースばかりが多く、しかも日系主要団体の情報が中心となって行った。このため、地方の読者からは、「リベルダーデ新聞」と揶揄された。

 このような歴史を辿った邦字紙も1970年代に移住者が激減し始めた頃から、「邦字紙は長くない」と言われ始めた。しかし、ブラジルには本紙を始めパウリスタ新聞、日伯毎日新聞の3紙がしのぎを削る活況を呈した時代でもあった。

 ところが、パウリスタ新聞、日伯毎日新聞が合併しニッケイ新聞が誕生した時、日系コロニアは「いよいよ邦字紙もおしまいか」との雰囲気が漂い、邦字紙の影響力が一挙に落ちた。

 以後、2紙体制が続いてきたが、1世の高齢化が進み、1世中心の日系団体は閉鎖されたり開店休業状態になった団体が増えていった。

まさに、1世主体の社会が崩壊を始めていた。そして、その一角を占めてきた本紙も廃刊せざるを得なくなった。

第2位 移民110周年で眞子さまご来伯

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聖市移民110周年式典でお言葉を述べられる眞子さま(7月21日)

 ブラジル日本移民110周年記念式典に出席されるため、7月に日本の皇室から眞子さまがご来伯。聖州をはじめ、パラナ、リオ、パラー、アマゾナス州など全伯14都市を訪問され、各地で歓迎を受けられた。聖市での記念式典では県連(山田康夫会長)主催の第21回日本祭りに合わせて開催。約4000人が収容でき、ほぼ満員となった同センターの特設会場には、眞子さまのご臨席以外に18に及ぶ日本の各都道府県関係者ら来賓も出席した。眞子さまは、日本移民たちが歩んできた長い道のりに思いを馳せられ、「移住者とそのご子孫が努力を積み重ねて今日の日系社会の発展を築き、支えてこられたことに心より敬意を表します」とお言葉を述べられ、式典の前後には、「結(ゆい)次世代に繋ぐ未来への懸け橋」をテーマにした芸能アトラクションも披露され、詰めかけた人々を魅了した。

   ◎   ◎

 移民110周年記念行事は各地で開催されたが、メイン事業となった国士舘スポーツセンター(SC)再開発計画は、第1期工事・中広場パビリオン建設の起工式・地鎮祭が7月にサン・ロッケ市の同センターで実施。概算総額約200万レアルの工費で11月に工事の許可が降り、第1期工事が始まるが、第2期工事など今後の詳細内容は未定。11月の座談会では、再開発計画など8つの議題が設けられ、進行中の記念誌構想も発表された。

第3位 皇太子殿下、世界水フォーラムでご来伯

 ブラジリア連邦直轄区の国際会議場「ウリセス・ギマランエス・コンベンションセンター」で3月、「第8回世界水フォーラム」が開幕し、水問題の研究をライフワークにしている皇太子殿下が、9年ぶりに同フォーラムに出席された。外務省庁舎「イタマラチ宮」で行われた開会式であいさつされたほか、「水と災害」に関する会合で基調講演された。

 また、同地での「ブラジル日系社会代表レセプション」にも皇太子殿下が出席し、日系団体代表者と懇談された。皇太子殿下は1982年に国際親善公務で初来伯。2008年の移民100周年時に続き、今回で3度目のご来伯となった。レセプションでは、大使館管轄エリア、在聖総領事館管轄エリアなど、それぞれ各公館管轄区の日系団体などに分けられた9グループを巡回して、お言葉をかけられた。ブラジル各地から集まった日系団体代表者らは、皇太子殿下からのお言葉を真摯に聞き入っていた。

第4位 4世ビザ発給開始も取得者わずか

 今年3月末から施行される予定だった「4世ビザ」は、7月1日に延期して施行。日本の法務省が事前に公募していたパブリックコメントには130件の意見のうち、70件の回答が公開され、ブラジルの日系主要団体からも条件面の見直しを訴える意見が提出されていたが、変更や見直しは行われなかった。その結果、家族帯同不可や日本語能力(N4以上)の条件指定、年齢制限(18歳以上30歳以下)、滞在期間制限(最長5年)などの条件面についての変更は無く、4世にとっては厳しい条件となったことから、施行後も約4カ月はビザ取得が皆無の状況が続いた。

 11月初旬に4世ビザを申請取得した南マット・グロッソ州リオ・ネグロ市出身の藤本アレックスさん(28、4世)をはじめ、ブラジル国内で数人がビザ発給を受けているが、4世にとって厳しい条件であることは否めない。

第5位 日本祭り、ギネス登録ならず

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ギネス審査会場(7月21日)

 県連主催の第21回日本祭りで目玉行事となった7月の日本食のギネス審査登録では、各県人会が苦労して合計623皿を出展したにも関わらず、498皿が「日本食」として認定されただけに留まり、目標の500皿にわずかに2皿分届かず、ギネス記録には正式登録されない結果に終わった。同登録の経費は約11万7090レアルがかかり、東京のギネス関係者への審査後の見直し要求や再申請なども含めて、同祭終了後1カ月が経っても正式結果が出ない状態が続いた。

 県連側では「ギネスに認定されなかったのは残念だけど、記録に挑戦したということを皆で誇りにしないといけない」とし、結果を重視するだけでなく、日本祭りという大きなイベントで日本食を世界にアピールできたことの大切さを説いた。しかし、超多忙の中でギネス申請に協力した各県人会からは、事前の話と食い違いがあったことに、不満の声があったのも事実だ。

第6位 移民の故郷プロミッソン100周年

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プロミッソンで眞子さまに花束を手渡す安永忠邦さん(左)(7月22日)

 「日本移民の故郷」とされるサンパウロ(聖)州プロミッソンが、1918年にイタコロミー移住地(現・上塚第一植民地)への入植が始まってから、今年で100周年を迎えた。7月22日には、聖州プロミッソン市の上塚周平公園で「プロミッソン入植100周年記念祭(前田ファビオ実行委員長)」が挙行され、皇室から眞子さまを迎えて先人を偲び、100周年の歴史に出席者一同が想いを馳せた。約5000人収容を見込んだ記念式典の会場は超満員となり、盛大な式典になった。また、周年事業として行った「入植百周年記念塔」の除幕も眞子さまの手によって行われ、同地は新たな歴史の一歩を踏み出した。

 同地では1968年の入植50周年の節目の年を境に、同地コロニアが二分されたままとなっているが、今回の100周年祭を契機に、50年ぶりとなる統合に向けての動きが活発化している。

第7位 盛況博した美川憲一公演

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初来伯した美川憲一さん

 「母の日」にあたる5月13日、第2回ウイルフォン・チャリティーコンサート「美川憲一INサンパウロ」(藤瀬圭子事務所と本紙が企画構成)が聖市リベルダーデ区の文協大講堂で開催され、今回が初の来伯となった歌手の美川さんは「少しでも長く、しぶとく生きていきましょう」と強調していた。正午と午後3時からそれぞれ行われた公演には、聖市及び近郊をはじめ、遠方からはアマゾン地域やリオ州、ミナス州、ブラジリアなどからも観客が詰めかけ、会場が満杯となる総数約3000人が来場。公演はともに予定時間(1時間半)を上回る2時間に延長され、来場者たちは美川さんの歌声とともに華麗な衣装やユーモア溢れるトークに酔いしれた。

第8位 サントス日本人会館が完全返還

 1930年に建立され、 年に戦時中の敵性資産として接収されるなど数奇な歴史を持つ聖州サントス市ビラ・マチアス区の日本人会館。長期に及ぶ返還運動の末、2006年に無償貸与、 年 月に全面返還が決定してから約1年半、土地・建物譲渡書類の調印式によって完全返還が実現した。調印式は、移民110周年記念として「移民の日(6月 日)」に合わせて行われ、歴史的な1日となった。関係者らは「本当に長かった」、「今日で今までの抗争は終わり」と長い苦闘の歴史に想いを馳せた。

第9位 レシフェ領事事務所が総領事館に格上げ

 今年1月1日から、在レシフェ日本国領事事務所が総領事館(丸橋次郎総領事)に昇格した。同公館は2009年度まで総領事館として機能し、 年度から出張駐在官事務所への格下げを経験。その後、領事常駐の領事事務所という名称になっていたが、8年ぶりに総領事館へと返り咲いた。

 同公館は、ペルナンブコ州、セアラー州、リオグランデ・ド・ノルテ州、パライバ州、アラゴアス州、セルジッペ州、バイア州と北東部の7州を管轄。同7州には現在、約1200人の在留邦人(日本国籍者)が居住している。

第10位 各地で日系団体周年行事開催

 今年も各地で日系団体の周年及び記念事業が開催された。各月ごとの主な記念行事及び各県人会式典などは次の通り。

 【6月】聖州ペレイラ・バレット市恵会25周年記念慈善ショー。リオ・ボニート入植60周年記念式典【7月】鹿児島県人会創立105周年記念式典。鳥取県人会創立65周年記念式典。岐阜県人会創立80周年、同県人ブラジル移住105周年、岐阜県農業高校生海外実習派遣40年記念式典【8月】ブラジル沖縄県人移民110周年記念祝典。第30回ブラジル郷土民謡全伯大会。岩手県人会創立60周年、同県人移住100周年記念式典【9月】創立40周年記念丹下セツ子太鼓道場「第8回発表会」。愛知県人会創立60周年記念式典。大分県人会創立65周年、県費留学生50周年・技術研修制度40周年記念式典。日伯友好病院設立30周年記念式典。大志万学園創立25周年記念式典【10月】山形県人会創立65周年及び県人移住111周年記念式典。ブラジル三重県人文化援護協会創立75周年、同県人ブラジル移住105周年、三重県―聖州姉妹都市提携45周年記念式典。ピニェイロス文化親睦会創立55周年記念式典【11月】ブラジル熊本県文化交流協会創立60周年記念式典。聖南西文化体育連合会創立70周年記念式典。第40回兵庫県若手地域農業リーダー海外派遣団来伯。

【番外】

◆全伯統一選挙、日系議員は惨敗

 大統領、州知事、連邦議員、州議会議員を選出する全国統一選挙の投開票が10月7日に全伯各地で行われた。日系議員は、連邦下議選では聖州のキム・パトローカ・カタギリ氏(22、DEM=民主党)、パラナ州の西森ルイス弘志氏(69、PSDB=ブラジル社会民主党)の2氏のみが当選。聖州議員選(定数94)でも、29人(推定)の日系人候補が出馬したうち、パウロ・ニシカワ氏(=コロネル・ニシカワ、69、PSL=社会自由党)とマルシオ・マサミ・ナカシマ氏(41、PDT=民主労働党)の2人のみの当選で、現職日系議員が次々と落選するなど惨敗の結果となった。

◆白寿者表彰、過去最高の53人が表彰

 ブラジル日本文化福祉協会(文協、呉屋春美会長)主催の白寿者表彰が6月24日、聖市リベルダーデ区の文協大講堂で行われ、今年は過去最高となる53人が表彰された。

◆第1回福祉団体合同フォーラム

 サンパウロ日伯援護協会(与儀昭雄会長)主催の第1回日系社会福祉団体合同フォーラムが10月、聖市リベルダーデ区の援協ビル5階で開催された。当日は援協をはじめ、憩の園、こどものその、希望の家など各日系福祉団体代表者や講演者など7人が登壇し、日系社会の高齢化やコスト問題、各施設の現状について講演した。同フォーラムの終盤では、来場者を交えて各団体の問題に対する議論が行われ、「新しい資金調達の方法を考える必要がある」「若い人にも福祉事業に参加してほしい」という意見が相次いだ。

2018年12月22日付

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