東麒麟が日本酒でなくなる?

 日本国税庁は、外国産の清酒と日本産の清酒の違いを明確にするために、日本産のコメを使い、日本産の水を使って日本国内で生産された清酒だけを「日本酒」として販売できるようにする方向で検討に入った。これが決まれば、ブラジルで生産されている「東麒麟」などは「日本酒」と表示できなくなる▼東麒麟の歴史は長い。1934年、東山農場が生産を開始し80年の歴史を誇る。だが、飲んでいるときから頭が痛くなることから「あたま麒麟」と呼ばれるほど質が悪かった。それでも、日本酒をこよなく愛した左党の人たちが飲み続けていた70年代初頭、日本の三菱グループの社長会が大挙してブラジル視察にやってきた。その時、サンパウロで日系コロニアの重鎮たちと懇談し、「私たちでお役に立てることがあれば言ってください」と問いかけた社長会に「ブラジルでおいしい日本酒が飲めるようにしてほしい」と重鎮たちは口をそろえて懇願した▼東山農場は三菱の創設者岩崎弥太郎の長男・久弥が創設した三菱グループの一員だった。社長会は日本に帰国後、さっそくおいしい日本酒づくりの指示を出した。ところが、三菱グループには日本酒メーカーはなく、飲料メーカーはビールメーカーのキリンビールだけだった。各地の酒造メーカーに声をかけたが「熱帯地域で日本酒はできない」と断られ、熱帯のハワイで日本酒を造る酒造元にまで出かけたが、「ブラジルでは……」と見向きもされなかったという。最終的にはキリンビールが引き受け、現在の体制が出来上がり、旨い日本酒が飲めるようになった。東麒麟のラベル文字は、あまり知られていないが、書道界の大御所、金子●亭の揮毫である。東麒麟は海外で製造されていても、名実ともに歴史のある日本酒なのだ▼日本国内で消費量がガタ落ちになり、日本酒メーカーはこぞって海外への売り込みを図っている。今回の国税庁の政策は、その後押しをしようと日本酒のブランド力アップを狙い打ち出した苦肉の策ともいえる。日本の食文化の一つである日本酒を長年にわたり日系コロニアと日本の企業グループが手を携えて育んできた東麒麟を、日本酒と呼べなくなるのは何とも寂しい。海外生産を一律に切り捨てるのではなく、歴史や品質を見極め、日本酒と名乗れる清酒を認定するぐらいの度量が必要ではないのか。(●は區へんに鳥)

2015年6月11日付

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