沖縄 翁長雄志知事が死去 沖縄県人移民110周年に祝辞寄せたばかり

伯国ウチナーンチュから悲しみと感謝の声

 日本時間8日午後6時43分、沖縄県の翁長雄志前知事(享年67)が膵臓(すいぞう)がんのため亡くなった。翁長前知事は同日に知事を辞職していた。翁長前知事は過去に4度来伯歴があり、3日から5日にかけてブラジルで行われた沖縄県人移民110周年記念祝典にも祝辞を寄せていた。ブラジル側の沖縄県人からは驚きと悲しみの声が上がっている。辺野古新基地建設反対など県民のために奮闘してきた翁長前知事に伯国からも感謝の声が聞かれた。

 5日、ブラジルの沖縄県人移民110周年記念祝典に翁長前知事は「沖縄県系人の皆様がブラジルの社会に深く根を下ろし、政治・経済・教育・文化等様々な分野で活躍し、同国の発展に寄与されてきたことは、私たち沖縄県民にとっても大きな誇りであります。ブラジル沖縄県系人の皆様には、110周年を契機として、次世代への沖縄文化継承や、世代や地域を超えたネットワークの構築により益々活発に活動されることを御期待申し上げます」と祝辞を寄せており、現在はアルゼンチンで祝賀行事、11日からはボリビアで祝賀行事が予定されていた。

 翁長前知事は県議会議員として1998年の移民90周年、那覇市長として95年、2008年の移民100周年、13年の移民105周年とサンビセンテ市との姉妹提携35周年記念式典に出席。過去に4度、来伯していた。

 同じ那覇市出身の援協の与儀昭雄会長は「本当に残念です。ブラジルが好きで、とても話しやすい人だった。日本でも何度もお会いし、ブラジルの状況を話すと喜んでいた。基地の話などもしていたが、いつも最後は世界のウチナーンチュのことを心配していた」と振り返り、2003年に与儀会長が那覇市民会で、予算の都合で中断していた市町村研修制度の再開をお願いしたところ、「それならノーと言えない」と日系社会の将来のために制度再開に動いてくれたそうだ。

 また、日伯両国で翁長前知事に会っているサンパウロ州知事のマルシオ・フランサ氏は3日、翁長知事に対する最高勲章「グランクルス・オルデン・イピランガ」授与式の際、「知事になってお会いできることを楽しみにしていた」と話していた。翁長前知事は当初、今回の祝典に出席予定だったが、4月頃に体調の問題で来伯を見送る旨をブラジル側に通達していた。

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 ブラジル沖縄県人会名誉会長の山城勇さん(89)も、翁長前知事とは那覇市長時代からの付き合いで、日本への一時帰国で母県を訪問するたびに会っていたという。

 「とっても悲しいことです。あんなに元気だった方が急に亡くなられるとは。(米軍)基地の問題でも熱意を込めてやっておられたのに、本当に悲しいです。11月の(沖縄)知事選に向けて、いろいろと悩んでおられたのだと思います。そのことも大きく体に影響したのでは。特に、ブラジルのウチナーンチュに対しても心の温まる声援を送っていただいていましたし、まだ若く、実にもったいないことです」と山城さんは翁長前知事への哀悼の思いを語った。

 また、同県人会評議員会の日本語書記を務める宮城あきらさん(80)は「本当にもう、残念の極みです」と言葉を絞り出すように話した。宮城さんは5日、ジアデマ市のブラジル沖縄文化センターで開催された沖縄県人移民110周年記念式典出席のために、翁長前知事の代理として来伯していた富川盛武副知事と直接話した際、翁長前知事の体調が快方に向かっているとし、11月の知事選への再出馬の可能性もあると言われていただけにショックを隠しきれない様子だった。

 「(翁長前知事は)現在の日本政府のやり方に、民意をバックに真っ向から反対して頑張ってこられた。厳しい局面の中、苦労の連続だったと思う。基地問題に対しても(辺野古埋め立て)承認の撤回を表明して、その矢先だっただけに本当に残念です」と宮城さんは、率直な気持ちを表していた。

2018年8月9日付

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