特別寄稿 キューバ日本人移民の歴史㊦

写真:日系人慰霊堂と上部が破損した日系人慰霊塔

 修復望まれる日系人慰霊堂

 駐キューバ特命全権大使(前サンパウロ総領事) 西林 万寿夫

少々長くなってしまったが、以上がこのご家族の紹介である。では何故この五月の初めにキューバを訪問したのであろうか。英二氏にとって生まれ故郷であるキューバは忘れ難い土地。しかし四十五年間訪問する機会がない。同じくキューバ生まれの治氏はキューバについての記憶が殆どない。英二氏夫妻は齢八十代半ばとなり、もしかするとこれが最後のチャンス。英二氏の孫にも加藤家のルーツを教えたいと思って、連休を利用して一家五人でのキューバ行きを計画したとの事である。ハバナ滞在中、父英一氏のイニシアチブで建てられた日系人慰霊堂に何はさておきお参りしたいとの希望を有しておられた事は言うまでもない。

そして五月四日、念願の慰霊堂参拝が実現した。現在この慰霊堂は日系人連絡会会長のフランシスコ・ミヤサカ氏(二世)らによって管理されている。そのミヤサカ氏の案内で一行はコロン墓地を訪問。私も担当書記官と共に同行した。このコロン墓地はハバナ市の中心に位置し、その規模は世界有数のもの。十九世紀後半に完成し、芸術的な墓石が並び、さながら野外彫刻美術館といった趣。その一角に日系人慰霊堂がある。慰霊堂は地下四メートル、地上九メートルある堂々たるもので、その入り口には白い大理石を貼った高さ七メートルの塔が建てられている。塔の下には皇居の土が埋められ、奈良の橿原神宮の宮司の揮毫による「キューバ日系人慰霊堂」の文字が刻まれている。慰霊堂内の壁面も大理石で覆われ、何百もの区画に区切られ、その中に遺骨や位牌を安置できる構造になっており、完成当時二百六十五名(現在はそれより多い)の日系人がここに祀られた。キューバ各地で淋しく他界していった日系人同胞がここに一堂に会した訳である。加藤さんご一家、特に英二氏にとってはこの慰霊堂参拝は感無量であっただろう。内部の壁面に記された知人の名前や没した年月日を見て、しばし思い耽っておられた様子であった。

ご一家は短いキューバ滞在中ゆかりの地を色々訪ねたという。そして滞在の最後には私どもの大使公邸を来訪された。この公邸、八十年ほど前に建て られ、革命前は裕福なキューバ人が所有していたものである。革命後政府に接収され、現在日本大使公邸として貸与されている(因みにハバナに存在する百カ国 以上の大使館及び大使公邸の大半はこうした革命前の立派な建物を改装したものである)。加藤英二氏にとってこの公邸を訪れるのは四十五年ぶり。建物も庭も 当時と殆ど変わっていないそうで、テラスでは「ここで若きフィデル・カストロの通訳をした事があるんですよ」と懐かしそうに述べられていた。

以上が加藤ご一家の当地訪問に纏わる話であるが、最後に慰霊堂の前に建てられている塔について触れておきたい。残念な事にこの塔、十年ほど前のハリケーン で上部が崩れ落ちてしまい、今もそのままになっている。その破片は現在「ハバナ市歴史事務所」に大切に保管されているが、壊れた部分と同じ色合いの大理石 が入手困難という事で修復されないままとなっている。以前この「ハバナ市歴史事務所」所長で、キューバで最も著名な歴史研究者であるエウセビオ・レアル博 士は、私に対して何とかこの塔を修復したいと述べておられたが、実現にはまだ時間がかかりそうである。

2014年は日本人が初めて キューバ島に上陸してから四百年の記念すべき年に当たる。その日本人とは伊達藩士、支倉常長である。ローマ法皇に会いに行く途次、1614年にメキシコと キューバに立ち寄ったのだ。ハバナ市の中心には支倉常長の銅像が建てられており、多くの観光客が訪れている。2014年には各種の四百周年記念行事が実施 されることとなろうが、それまでにこの塔の修復を実現しなければならないという思いを新たにした。 (おわり) 

2011年5月28日付

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