特別寄稿 本能的 遠距離介護③

相手に合わせたストーリーで病院受診を 本能寺 逢休

 私が、介護で犯した最大の過ちは、認知症の症状が出始めて、すぐに「告知」してしまったことでした。「認知症の疑いがあるので、すぐに病院に行って」と。

 母は、目を釣り上げ、獣のような形相でにらみつけてきました。

 私は、母の異変を一つ一つ挙げ、階段を積み上げるように説得を試みました。しかし、自分は「ボケ老人」ではなく、多少の物忘れはあっても、それは健忘症だと言い張るのです。

 水掛け論に陥り、だんだん腹が立ってきて、母を怒鳴りつけてしまいました。

 「ええから黙って病院に行け。検査を受けて問題なかったら、それでええやないか」

 母も負けじと怒鳴り返してきました。

 「どっこも悪くないのに何で病院行かなあかんねん」

 私はその後も、健康診断や人間ドックにかこつけて、認知症の検査を受けさせようと画策しましたが、母は病院を連想する言葉を聞くと、私の企みをすぐさま察知。「認知症ではございませんので、病院に行く必要はございません」。そう言って、機先を制するのです。 

 大切なことは次々と忘れるくせに、私に認知症の疑いをかけられたという屈辱だけはいつまでも、しつこく覚えている。認知症の七不思議の一つです。

 当時、金沢市に住んでいた私が、神戸市の母の家に様子を見に行けるのは、2、3か月に1度。時間的制約もあるので、一日でも早く認知症の診断を勝ち取り、治療や介護を進めないと、症状が進んでしまう。そうした焦りが強硬策につながり、結果的に母の感情を害し、病院の受診がどんどん遠のくという悪循環に陥りました。

 専門病院を受診させるまでに3年半もかかりました。実現したのは、かかりつけの眼科の担当医のお陰です。

 「70歳以上の患者さんには全員、受けていただいています」。

 プライドを傷つけないように小さな嘘で上手に母を説得し、長谷川式と呼ばれる認知症の簡易検査を受けさせてくれたのです。

 結果は「疑いあり」。担当医は、大学病院の受診を勧め、嫌がる母を粘り強く説得。最後は、担当医と看護師が「物忘れがひどくなり、苦しんでいるあなたの姿を見るのは、私たちも辛いんです」と泣き落としに出て、母を陥落させてしまいました。さすがはプロ、鮮やかな手口です。

 家族だけで説得できない場合は、かかりつけ医の協力を得るのも効果的です。認知症の専門医ではなくても、簡易検査を行い、専門病院への受診を勧めてくれるでしょう。

 認知症介護は、相手の性格や経歴に応じた対応が必要です。母は幼い頃、きょうだいから「成績が悪い」「頭が悪い」とからかわれてきたので、頭に関して強い劣等感を抱いていました。

 大学では社会福祉を教えていたので、自分は介護サービスを提供する側であって、受ける側ではないという自負も持っています。認知症と診断を受けて、デイサービスやヘルパーなどを利用するのは、支える立場から支えられる立場への転換で、母にとっては屈辱以外のなにものでもありません。

 親としての体面もあります。ついこの間までおしめを換えてやっていた息子が、体が大きくなったと思ったら、親を「ボケ老人扱い」する。家族内の「下克上」も受け入れがたかったようです。

 そうしたプライドの高い性格がわかっていながら、母を無理やり弱者の立場に押し込めようとしたので、反発を招いたのです。

 今ならうまい対処法がわかります。母を強者の立場に立たせ、親の体面を保ったまま、病院を受診させるのです。

 私の頭が割れるように痛い。病院に行ったら精密検査が必要で、遺伝性の疑いもあるので、親も一緒に検査を受けてほしいと言われた。命に関わる病気かもしれないので、一緒に病院に行ってほしい――。そう懇願するのです。弱い子どもが、強い親に助けを求める。これならプライドの高い母も、受診に応じてくれたでしょう。

 親が病院受診や介護に協力してくれないときは、親の性格に合わせ、受け入れやすいストーリーを作り出す。それも一つの手です。(つづく)

 本能寺逢休(ほんのうじ・あいく)=元新聞記者、2007―2009年リオデジャネイロ赴任。神戸で独り暮らしをしている母親を6年間、遠距離介護。その体験を「遠距離介護1」(www.amazon.co.jp/dp/B01HWPDOGM)にまとめて電子書籍で出版。介護関連の電子書籍に「遠距離介護2」、「認知症介護でビジネス力69%UP」がある。

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2017年6月10日付

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