特別寄稿 本能的 遠距離介護⑨

小人の活躍で部屋すっきり 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑨
小人作戦を繰り返し、本や資料を3分の1に減らした本棚。空いたスペースは、地球儀や人形で埋めている

 時計が12時を打つと同時に、仕事場のドアが静かに開きました。……こびとたちは仕事台の上にとびのり、裁たれている靴をとりあげ……針をとり、縫ったり、金づちでたたいたりしはじめました。……すべての裁ってある靴を縫ってしまうまで、少しも休みませんでした。それから、彼らはすばやくかけ去りました。

 グリム童話の「小人と靴屋」(いずみ書房)の一場面です。

 迫り来る母の影におびえつつ、食器棚の茶碗や皿を間引いているときにふと思いました。家族による認知症の介護も、靴屋の小人の仕事と似ていると。

 ごみ屋敷の中で毎日、ものを置き忘れ、1日数時間を探し物に費やす母。捜索のストレスから救い出すには、思い切った「断捨離」が必要です。しかし、母は、片付けは自分でやりたい、息子の手は死んでも借りたくない。でも、捨てるかどうかの判断がつかないので、無期限延期。そんなジレンマに陥っていました。

 こうなったら、母が外出や就寝している隙に、こっそりやるしかない。グリム童話にあやかって「小人作戦」と名付けました。

最初に標的にしたのが、食器棚でした。母が引っ越しは1人でできると言い張って、自分で交渉と立ち合いを行った結果、業者にすべての横板を組み込まれて、棚と棚の間隔が極端に狭くなっていました。

 母はど近眼に加え、緑内障で中央の視野が欠けていることもあり、毎日、細い隙間に食器を戻すのに悪戦苦闘。ガチャガチャとほかの皿にぶつけながら、強引に押し込んでいました。このままでは、皿を割ってけがをする恐れもありました。

 作戦は、母が買い物に出かけている隙に強行しました。家の鍵をかけ、密室を作ると、食器棚のガラス戸を外し、食器をすべて取り出して床に並べていきます。独り暮らしにグラスは20個も必要ありません。愛用のものだけを残し、食器の半分を間引いてダンボールに詰め込みました。横板を4枚抜き去り、食器を戻し、ガラス戸をはめたところで、家の呼び鈴が鳴りました。この間、1時間。小人の仕事は、ギリギリで完了しました。

 帰宅した母を何食わぬ顔で出迎えましたが、内心はドキドキしていました。食器棚の外見は完全に元通りでしたが、何しろ、食器の半数が失踪しているのです。さすがに怪しまれるのではないか。疑われた場合の言い訳をあれやこれやと頭の中で準備しておきました。

 食器と棚板が少なくなったことで、棚と棚の間には、ゆったりとしたスペースが生まれました。母は食後の片付けの段になると、これまでとは打って変わって、スイスイと手際よく食器を戻しています。怪しんでいる素振りはありません。翌日も翌々日もです。

 3日目に好奇心を抑えきれなくなり、水を向けてみました。「食器棚、使いやすそうやねえ」。

母は一瞬キョトンとした表情になりましたが、次の瞬間、アゴを突き上げながら言い放ちました。

「何を言ってるんですか。当たり前ですよ。自分で時間かけて片付けたんですから」

 妻も私も椅子から滑り落ちそうになりました。引っ越しは1人でやった。家に住んでいるのも自分1人。目の前には、すっきりと整理された食器棚がある。断片的な記憶を無理やりつなぎ合わせた結果、小人の仕業が、自分の仕事にすり替わってしまったのです。

 童話にヒントを得た作戦が、喜劇になってしまいました。しかし、介護をする家族にとっては好都合です。母が就寝中や外出中にどれだけ好き勝手に片付けても、気づかれる可能性は低いということがわかったのですから。

 それから2年間、月に1回の帰省のたびに小人を発動させました。衣装ケースのガラクタ、7架の本棚を占領している大量の本や雑誌……。本を大量に間引いたあとは、装飾品を並べてカムフラージュしておきました。

 母の家は見違えるようにものが減り、余白にあふれた日本的な美しさを醸し出すようになりました。ものの置き忘れは相変わらずでしたが、捜索場所が減ったことで、探し当てるまでの時間が大幅に短くなりました。(つづく)

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2017年7月29日付

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