特別寄稿 本能的 遠距離介護⑩

譲り渡し 記憶喪失で盗難に 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑩
小人・おねだり作戦でスッキリしたリビング。奥左にもう1架、窓をふさぐ形で本棚があった

 「何で本の並びが変わってるの?」

 ある朝、本棚を見た母が、ものすごい剣幕で怒り出しました。

 短期記憶が弱いのによく配置の違いに気づいたものだ。感心しながら、母の視線の先に目を向けると、蔵書が前後2列に並んでいました。自分はいつも1列に並べているのに、誰かが勝手に配置を変えたに違いない。そう言うのです。

 発端は前日、私が、母の7架の本棚のうちの1架を譲り受けたことにありました。

 認知症を発症して3年半。母は1年ほど前から、重要な手紙や領収書を本と本の間に挟み込むようになりました。リスが冬眠に備えて木の実を土の中に埋めるように、あらゆる書類を本の隙間に差し込み、リスと同じようにどこに保管したかを忘れてしまうのです。

 リスが忘れた木の実からは芽が出て自然の再生につながりますが、母が忘れた書類から生まれるのは、混乱とストレスだけです。「おかしいなあ、私はいつも決まった場所に置いているのに」。とぼけたことを言いながら、延々と関係のない場所を探し続けるのです。

 母の混乱を軽減するには、元凶を取り除くしかありません。本棚を少なくすれば、収納場所も探す場所も絞り込めます。

 ただ、得意の小人作戦は使えません。母が就寝中や外出中にこっそり間引くには、目立ちすぎます。いくら認知症が進んだとはいえ、本棚が1架なくなったとなれば、私の「犯行」と気づかれる恐れがあります。

 介護で大切なのは信頼関係。息子に本棚を盗られたと不信感を抱かれると、今後の遠距離介護がやりにくくなります。

 ここは「おねだり作戦」を使うことにしました。母は自立心が強く、人の助けを借りることを極度に嫌います。反面、社会福祉を教えていたこともあり、困っている人を見ると、手を差し伸べずにはいられない性格です。

 母の親分肌の性格をうまくくすぐるのです。私が帰省時に使っている部屋に本棚がなくて困っている。1架でいいからちょうだい。そう言って泣きつきました。

 これまでにも同様の手口で、衣装ケース、キャビネット、座卓と、大型の家具を譲り受けることに成功していました。白昼堂々、母の目の前から運び去り、自室ですぐに解体してゴミ袋に入れてしまうのです。「おねだり作戦」は小人作戦と並んで、断捨離の2本柱。絶対にうまくいくという自信がありました。

 「ほな持っていき」。案の定、母は快く本棚を譲ってくれました。が、一夜明けると、私に譲渡した記憶は、忘却の彼方にさようなら……。

 母の視界に飛び込んできたのは、本棚があるはずのところにぽっかりと空いた空間。そこにあったフロイト全集は、別の本棚の最前列で小さな本の表紙を塞ぐように並んでいます。

 「本棚盗難事件」の発生です。しかも、犯人の目星までついています。

 前日に本棚を所望して、母が快く譲ってくれたこと、元々、その本棚に並んでいた本は、母の指示通りに別の本棚に移動させたこと……。

 私は、容疑を全面否認し、前日の出来事を正直に証言しましたが、母の記憶には、そのときの映像はかけらも残っていないので、どうしても信じてくれません。

 「居住権を侵害された。弁護士を立てて、徹底的に戦いましょう」。法律用語を振りかざして、息巻いています。

 「キョ、キョジュウケン??」

 妻は、前日の穏やかな譲渡の場面を目撃していたので、一夜明けて法廷闘争に発展しそうな勢いに目をパチクリさせています。見兼ねて私の無実を証言してくれたのですが、母は「二人がかりだと、私が不利やない。やっぱり弁護士を呼びましょう」と被害妄想をさらに膨らませます。

 まさか、前日のやりとりが、こうもきれいに抜け落ち、本棚を盗られたという記憶に書き換えられるなんて……。私が小人+おねだり作戦を使いすぎ、大量の家具が「失踪する」事態に不安や疑問、怒りがたまり続けていたのかもしれません。作戦に過信して、策に溺れてしまった。そんな面もあったようです。(つづく)

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2017年8月5日付

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