特別寄稿 本能的 遠距離介護⑬

家族の目と耳 見守りカメラ 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑬
本棚に設置した2台の見守りカメラ

 2013年の年末、帰省して、リビングでくつろいでいると、母が満面の笑みを浮かべ、自室から出てきました。

 「いやあ、傑作やわ。ノートに見慣れない名前が書いてある。誰やろ思って考えてたら、あんたやったわ」

 とうとう名前を見ても、息子と結びつけられなくなってしまったのでした。

 数日前には、財布をいじりながら、「これ、捨てても、ええやつかな?」と聞かれました。手にしていたのは、銀行のATMカード。スーパーのポイントカードと混同していたようです。

 放っておけば、私がいない間にゴミ箱に入れる恐れもあります。カードの裏にはご丁寧に「生年月日」と、暗証番号につながる大ヒントを書き込んでいます。ゴミ捨て場から流出したら、簡単に預金を引き出されてしまいます。その場でカードを預かることにしました。

 母が認知症を発症してから、丸4年。症状は進行し、事故や事件と紙一重の状態で独り暮らしを続けていました。

 ピンチとチャンスは表裏一体。人生やビジネスの極意は、介護にも通じています。周囲の情報を認識する能力が衰えているなら、見守りカメラを設置しても、気づかれる恐れは限りなく低いはずです。

 すでに1年以上前から購入し、設置のタイミングを虎視眈々と狙っていました。ところが、母は獣のような危機察知能力を発揮し、時折、絶妙のタイミングで私の動きを牽制してきます。

 「金がない」「鍵がない」。救いを求める電話を受け、携帯電話で隠し場所まで誘導すると、母は、安堵の声を響かせながら、こう言い放つのです。

 「やめてや。いくら私がボケてるから言うて、監視カメラを設置するのは。そんなことしたら、人権侵害で訴えますからね」

 この期に及んで、生活の利便性よりも、人権や尊厳を優先しようというのです。

 とはいえ、見守りカメラを見ても、それが何か認識できなければ、母としても文句のつけようがありません。

 靴屋の小人のように、母が寝ている間にリビングに見守りカメラを3台、WIFIルーターを1台、設置しました。いずれも本棚で、両脇を分厚い専門書で挟んでカムフラージュしておきました。

 明け方、トイレに起きた母が、カメラの背面から漏れる光に驚いて「変なものがある」と大騒ぎするハプニングはありましたが、「インターネットをするための機器」と言い張って、ごまかしました。蛍光ランプをすべて黒いビニールテープで覆ったところ、以後、不審の目を向けられることはなくなりました。

 設置後は、遠距離介護が格段に楽になりました。認知症の飲み薬を貼り付けているカレンダーの前に2台、設置したので、日付欄に薬が残っているかどうかが一目瞭然です。服薬を促す電話をかけたとき、母が日にちを勘違いして翌日の分まで服用し、過剰摂取で意識混濁に陥るリスクが大幅に減りました。

 目薬の前にも1台設置し、母が2種類のうちのどちらを手に取っているのか、タブレット端末に映るキャップの色で判別できるようになりました。

 数か月後には、冷蔵庫を見下ろす位置に4台目を設置。母に買い置きを食べたり、ペットボトルの水を補給したりするよう促すときには、タブレット端末の画像を見ながら、携帯電話で簡単に誘導できます。

 「下の段に手を伸ばして。もうちょっと、右。そうそう」。スイカ割りの要領です。

 見守りカメラには、うれしい機能もついています。音や動きを検知すると、すぐにスマートホンやタブレット端末に通知してくれるのです。不審な電話や来客が来たときは、タブレットで様子を見守るだけで、会話の内容から、どういう人物とどんな話をしているのか見当がつきました。

 遠距離介護をする家族にとっては、目となり耳となって、母の生命と財産を守ってくれる心強い存在です。

 天敵は、母の節約意識でした。コードに「抜くな」「触るな」と注意書きを貼っておいても、文字を認識できずに抜いてしまいます。4台設置したのは、1台抜かれても、予備のカメラでカバーできるようにするためでもありました。

 見守りカメラの選び方や使い方については、Kindle本「遠距離介護2 見守りカメラ設置編」(www.amazon.co.jp/dp/B01N4N15WT)に詳述しています。関心のある方はご参照ください。(つづく)

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2017年8月26日付

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