特別寄稿 本能的 遠距離介護⑮

IHヒーターで火災防止 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑮
高齢者向けのIHヒーター。操作ボタンが三つで、文字も大きく、音声案内も付いている

 月に1度、母のマンションに帰省すると、真っ先にやるべきことがありました。お隣さんへのお礼です。

 鍵をなくした。カレンダーに時間と場所だけが書かれた謎の予定がある。エアコンが止まらない――。母はトラブルが発生するたびに、お隣に駆け込んで、自分よりも年配のご夫婦に助けを求めていたのです。

 母が認知症であることは早い段階で伝えていたので、快く対応していただいていました。ところが、ある日、いつものようにお礼に伺うと、奥さんが珍しく深刻な表情をされました。

 「ほんまに怖いわねえ」

 ここまで凡ミスが続くと、いつか、火の不始末を起こされるのではないか。それが怖いと言うのです。

 火元はかねての懸案でした。私の上司がこんな話をしていたからです。父親が認知症を患い、夜中におねしょをして、パンツを乾かそうとしたところまでは良かったが、何を思ったか、コンロの火で直接あぶり始めたと。

 人ごととは思えませんでした。母は、コンロを乾燥機やアイロン代わりにすることはなかったものの、火をかけたまま、別の作業に気を取られて、壁のタイルをススだらけにした前歴がありました。放っておくと、いつ火事を起こすかわかりません。

 解決法は一つ、IHヒーターに切り替えることですが、大きな壁がありました。母は大の機械音痴、操作を覚えられず、調理そのものができなくなる恐れがあったのです。そうなると、最悪の場合、施設入所となってしまいます。

 母の希望は、独り暮らしを1日でも長く続けること。希望を叶えてあげたいのですが、命の安全には代えられません。心を鬼にして、切り替えを決断しました。

 家電量販店に行くと、操作はどれも複雑です。ネットに救いを求めると、高齢者向けに操作を簡潔にしたIHの報道発表資料が飛び込んできました。

 早速、ネット通販で購入し、帰省のタイミングに合わせて配送と工事を依頼しました。工事当日、作業服姿の男性が家に上がり込んでくるのを見て、「お母さんが、コンロが壊れたから買い替えてほしいって言うてたから業者にお願いしといたよ。嫌やなあ、もう忘れたん?」。母が、短期記憶を保持できないことに付け込んで、母から言い出したことにしておきました。忍法「責任転嫁の術」です。

 私が決めたとなると、まだ使えるのにもったいないとか、勝手に決めるのは居住権の侵害だとか、騒ぎ立てることが目に見えています。

 母は、「ああ、そうやったね」と取り繕っていましたが、業者がドリルで壁に穴を開け始めると、自室に逃げ込み、一心不乱にお祈りを唱えていました。家を壊されると勘違いしていたようです。

 母がおとなしくしてくれていたお陰で、工事はスムーズに完了しましたが、操作を覚えてもらうのはやはり一苦労でした。

 「1」の電源を入れて、「2」の「切/入」ボタンを押し、「3」の「弱く/強く」ボタンで火力を調整するだけ。しかも、「1」電源を押すと、音声案内で次の操作を指示してくれます。

 至れり尽くせりなのですが、母は何を思ったか、いきなり、「2」の「切/入」ボタンを押し始め、「何で動かへんねん」とヒステリーを起こしています。

 緑内障で視野が欠けているためか、右端の電源ボタンが目に入らないようです。せっかくの音声案内も、「1」の電源を押さない限り、沈黙を保ったままです。

 「1」と「2」のボタンを統合するか、先に「2」を押したときは、「『1』を押してください」と指示してくれると、認知症の高齢者がより使いやすくなるのに……。そう思いましたが、贅沢を言っている場合ではありません。

 黙って、母の悪戦苦闘ぶりを見守り続けました。電話で使い方を尋ねてきたときに備え、どこでつまずいているのかを把握しておく必要があるからです。

 東京に戻ったあと、母は親戚を呼び出して使い方を説明してもらうなど、しばらく大騒ぎしていましたが、幸いにも3日で使い方をマスターしました。

 認知症になっても、新しい操作を覚えられる――。また、新たな発見をしましたが、読者の皆さんには、親が認知症になる前に切り替えておくことをお勧めします。(つづく)

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2017年9月9日付

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