特別寄稿 本能的 遠距離介護⑱

便利グッズ 発症前にプレゼントを 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑱
「机の上に転がっている犬型キーホルダー」

 机の片隅にポツンと、親指大のキーホルダーが転がっています。四つの足が付いていて、両手をたたくと、音に反応して、ワンワンと機械音で鍵のありかを教えてくれる。そんなアイデア商品です。

 母が、鍵がないと大騒ぎして、電話で頻繁に問い合わせをしてくるので、自力で見付けられるようにと、インターネットで注文したものです。

 母の同意を得て取り付けたはずですが、何度やっても、翌日には、キーホルダーだけが失踪してしまいます。

 母の仕業に違いないのですが、外した記憶がないと言い、「そもそもキーホルダーなんて付いてたっけ?」と無邪気に首をかしげています。

 前日、妻が、使い方を実演したときには「便利なものがあるのねえ」と感心していたのに、どうして外してしまうのか。不思議で仕方がありませんでした。

 取り付けては外され、外されてはまた取り付ける。何度もいたちごっこを繰り返した挙げ句、ようやく気が付きました。

 キーホルダーを使いこなすには、まずは鍵に取り付けたこと、そして、両手をたたくとワンワンとほえて置き場所を教えてくれること、二段階の記憶を保持する必要があったのです。

 母の場合、朝起きると、記憶が二つともなくなっています。なぜ、鍵におもちゃが付いているのか。不審に思います。「こんなん付いてたら、邪魔でしゃーないわ」。ぶつくさ言いながら、その場で外してしまうのでしょう。数分後には、外した記憶すらも、忘却の彼方に飛んでいき、キーホルダー失踪事件が発生します。

 遠距離介護を支えてくれるのは、ICT機器を中心とする便利グッズなのですが、購入しても、母が使いこなせなかったり、身に付けてくれなかったりして、結果的に役に立たなかったものもたくさんありました。

 代表格は、携帯電話です。行動を監視されているようで持ちたくない――。嫌がる母を1年がかりで説得し、携帯ショップに連れ出すことに成功したときには、腕を突き上げたくなるような興奮を覚えました。

 これで万が一、徘徊が始まったり、散歩の途中で転倒したりしても、発見した人が登録先の番号から、家族に連絡を取ってくれるはず。そう期待したのです。

 ところが、母は「公共の場所で携帯の着信音を鳴らしている人がいるが、非常に迷惑。私はああいう迷惑はかけたくない」と言って、外出時には常に携帯を「お留守番」させたのです。せっかく、「携帯」と名が付いているのに、これでは固定電話の子機と変わりません。

 独り暮らしで怖いのは転倒です。靴箱兼用の腰掛けをプレゼントし、妻が、ここに座って靴を脱着すると便利だと実演してみせました。「まあ便利ね」。顔をほころばせたところまでは良かったのですが、翌日からは、腰掛けのそばで、いつものように片足立ちになり、右に左にふらふらしながら、靴と格闘しています。

 それならと、紐がなくて履きやすい運動靴をプレゼントし、履きにくそうな靴はすべて物置に隠してしまったのですが、1か月後には、片付けた靴をわざわざ引っ張り出して使っていました。それも一番、履くのに手間のかかるタイプです。運動靴はといえば、玄関先に出てはいるのですが、母は毎回、器用に避けて、手間のかかる靴を選んでいます。理由を尋ねると、見慣れない形なので、妻の靴だと思っていたと言います。

 世の中には、開発を競うかのように新しい介護グッズが続々と登場しています。徘徊しても居場所が特定できるGPSチップ内蔵の靴、使用することで安否確認のメールを家族に送ってくれる電気ポット……。しかし、せっかくのハイテク機器も、肝心の認知症高齢者が身に付けたり、使ってくれたりしないことには、機能を発揮できません。

 認知症になってから使ってもらおうと思っても、高齢者は、本能的に見慣れぬものを警戒するのか、上手に便利グッズを避けることがあります。認知症になる前からプレゼントし、使い方に慣れさせたり、身に付けることを習慣化させたりする方が、遠距離介護ははるかにやりやすくなるのです。

 もっと早く手を打っておけば良かった――。ポツンと転がっている犬のキーホルダーを見るたびに反省の念がこみ上げてきます。(つづく)

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2017年9月30日付

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