特別寄稿 本能的 遠距離介護⑳

「1に観察、2に観察、3、4が工夫で5に笑い」 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑳
「白紙で情報を隠し、ロック解除ボタンだけを表示させたインターホン」

 ダウン症の少女が小学校の普通学級でクラスメートとともに成長していく姿を追ったルポルタージュ「アイちゃんのいる教室」。作者の講演会で、印象的な話を聞きました。低学年のときは、同級生が気を利かせて服の着脱や片付けを手伝っていたものの、高学年になると、まずは本人の行動を見守り、どうしてもできないところだけ、手を差し伸べるようになったというのです。

 まずは相手を観察し、できることとできないことを見極め、身の回りのことは最大限、自分でできるように仕向ける。認知症の介護にもつながる極意だと思いました。

 遠距離介護の場合、普段、そばで細々とした手助けができない分、帰省時に何でもかんでも手を貸してしまっては、支援がその場しのぎで終わってしまいます。

 目の前にある鍵や財布に気付かずに家中を探し回っているときも、洗濯物をビニールひもで宅急便のように十字に縛って干しているときも、機械の使い方がわからずにいら立っているときも、いきなり手を差し伸べても、根本的な解決にはなりません。

 まずは黙って行動を観察し、できない原因を見つけ、母が1人になったときでも、できるように環境を整えることが大切です。

 認知症の代表的な症状に見当識障害があります。現在の年月日や曜日、季節、自分の現在地などがわからなくなってしまうのです。

 母はいつもカレンダーと新聞を付き合わせて、1日に何度も日付を確認していました。ところがしばらくたつと、日付の確認に時間がかかるようになってきました。電話で日付を尋ねると、ちょっと待ってと言ったきり、5分たっても、10分たっても電話口に戻ってこなくなったのです。

 帰省したときにその原因がわかりました。母は食卓の上に数日分の新聞を日付順に重ね置きしていて、古い新聞を一部ずつめくって当日付を探し、途中でどこまで確認したかわからなくなって、また、一から捜索をやり直していたのです。

 情報が多すぎて、処理できずに混乱している――。認知症になると、脳が萎縮すると言われています。情報化社会の現代で氾濫する音声や動画情報を1990年代の容量の小さいコンピューターで処理しようと思っても、負荷に耐え切れずに途中でフリーズしてしまいます。同じことが母の脳にも起きているのだと思いました。だとすれば、解決策は一つ。処理できるレベルまで、情報量を減らしてあげればいいのです。

 毎日行っていた目薬の点眼や飲み薬の服用を促す電話の際、古い新聞を紙袋の中に片付けるように伝えました。食卓の上には当日の新聞しか置かないことをルール化する。ちょっとした声かけを行うだけで、母の日付確認作業はスムーズになりました。

 認知症を発症して5年もたつと、インターホンや携帯電話に出ることができなくなりました。帰省時に様子を見ていると、複数あるボタンをやみくもに押して、うまくいかないことに焦りを覚えて、猿のようにキャッキャッと怒っています。やはり情報が多すぎて混乱しているのです。

特別寄稿 本能的 遠距離介護⑳
「操作ボタンをゴム板で隠し、ボタンを二つに絞った携帯電話」

 インターホンはエントランスドアのロック解除ボタンだけ、携帯電話は受話と切るの二つのボタンだけを残して、あとはすべて白紙やゴム板で隠してしまいました。こうしておけば、母の目に映る情報は一つか二つだけ。情報が少なくなれば、判断を迫られたり、迷ったりすることなく、見えているボタンを押せばいいだけです。案の定、母は再び、インターホンや携帯電話を使えるようになりました。

 認知症の症状の表れ方は人それぞれ。家族やケアマネが一人一人に合わせて介護を工夫しなくてはいけません。私は、介護のDIYと呼んでいますが、このDIYは観察から始まります。

 目の前で繰り広げられる様々な「奇行」に口を挟みたい、手を差し伸べたい。そんな思いに駆られることも多いかと思います。そこをぐっと堪えて観察に徹する。そうすると、認知症患者なりの理屈や行動パターンが見えてきて、活路が開けることも多いのです。遠距離介護は一に「観察」、二に「観察」、三、四が「工夫」で五に「笑い」。6年間の経験を振り返って、そう実感しています。(つづく)

次=10月23日更新予定
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2017年10月14日付け

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