特別寄稿 本能的 遠距離介護㉑ 

介護も寝て待て 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護㉑ 介護も寝て待て 本能寺 逢休
老人ホームを下見する母。快適な住みかになるかどうかの判断ができず、感想を問われても黙り込むばかり(写真を一部加工しています)
 銀行とトラブルがあって、預金を引き出せなくなった。一緒について来てほしい――。

 月1回の帰省を続けていると、ある日、母からこんな頼みを受けました。認知症を発症して4年目のことです。

 これまでは、金を奪われるのではないか、勝手に管理されるのではないかと警戒心をむき出しにし、取引銀行の名前を教えるのも嫌がっていたというのに。180度の態度転換です。

 カードの暗証番号を覚えられなくなったうえ、ATMではカードに続いて、暗証番号を入れるという手順が理解できなくなり、預金を引き出せなくなってしまったのです。

 自分は今までと同じようにやっている。かつてはカードさえ入れれば、自動的に金が出てきたはず。それなのに急に預金を引き出せなくなったのはおかしい。

 認知症の自覚のない母が、断片的な記憶をつなぎ合わせ、不可解なところを想像で補った結果、銀行との間に何らかのトラブルがあったに違いないという結論にたどり着いたのでした。

 理由はどうあれ、預金の引き出しで、息子の私を頼ってきてくれるのはうれしい心変わりでした。これ以降、帰省時には、母と一緒にATMに行き、生活費を引き出すという任務が加わり、母の財産の見守りが楽になりました。

 遠距離介護をしていると、認知症の親が頑として拒み続けてきたのに、数年後に突如、意見を翻して、家族の提案や要望を受け入れる。そんなことがよくあります。ときには、相手の心変わりを辛抱強く待ち続けることも大切なのです。

 認知症の検査で病院を受診するときも、そうでした。私は、認知症ではなく、加齢に伴う物忘れなので病院には絶対に行かない――。母は、そう言い張っていましたが、3年間待ち続けたところ、最後は眼科医の説得に根負けして、受診を受け入れてくれました。

 終の住処を決めるときも、母と私で意見がぶつかりました。母の希望はただ一つ。老人ホームにしろ、グループホームにしろ、自分が現在住んでいる関西がいいと言うのです。関西弁の方が、馴染みがあるから。そんな理由でした。

 関西には、友人も親戚も集中していますが、いずれも高齢で足腰が弱くなり、ホームへの訪問は難しい状況です。私たち夫婦はこれまで通り、遠距離を通い続けなければいけません。都内であれば、週に1回の頻度で面会に行き、一緒に外出することもできます。

 都内も選択肢に入れるように説得を試みましたが、母は関西に固執し続けました。千葉や熊本を転々とし、標準語や方言への適応力はあるはずなのに、関西弁がいいと言い張ります。

 仕方がないので、母と一緒に関西のホームを数軒、下見しましたが、感想を尋ねても、母は「うーん、難しいこと言うなあ」と言葉に詰まってしまいます。おまけにホームを一歩出た瞬間に下見の記憶を忘れてしまうので、ホーム選びは難航しました。

 そうこうしているうちに徘徊が頻繁になりました。これ以上、独り暮らしを続けるのは危険です。抜き差しならない状況に追い込まれました。

 そのときです。母はふと、何気ない会話の中で「東京でもいい」と漏らしました。私はすぐにICレコーダーを取り出し、母に同じセリフを何度も繰り返してもらいました。あとで気が変わったときに備えて、証拠を押さえておこうと思ったのです。

 直後に、私が住んでいる近所のグループホームに空きが出て、6年間に及んだ遠距離介護に終止符を打つことができました。24時間見守り付き。薬の過剰摂取や徘徊の不安から、ようやく解放されました。

 認知症の介護をしていると、安心で安全に過ごせる解決策を提案しているのに、認知症の親が頑として拒み続け、あろうことか、自分で自分の首を絞める選択肢を選ぼうとし、心を痛めている家族も多いのではないかと思います。

 そんなときは、諦めたり、結論を急いだりせず、じっくりと様子を見守り、決断を先延ばしにするというのも一つの手です。

 認知症が進行してくると、いずれかのタイミングで、それまでのこだわりをコロリと忘れて、正反対の希望を口にすることがあるのです。そのときこそ、一気呵成に介護を進めるチャンスです。果報は寝て待てといいますが、介護にも寝て待つべきときがあるのです。(つづく)

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2017年10月21日付け

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