特別寄稿 本能的 遠距離介護㉒

「モノマネで介護に笑いを」 本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護㉒
「待合室でコートをマフラーでぐるぐる巻きにする母。発症7年目、幻覚で独自の世界に入り込み、モノマネも難しくなってきた」

 母が認知症を発症して3年目、年末の風景にちょっとした異変が起きました。前年に届いた年賀状の束を前に誰から書き始めたらいいかわからないと頭を抱え、ご丁寧に差し出し人の名前を五十音順に並べ直し、「あ」から宛名書き。しばらくすると、郵便番号と番地で、なぜ数字が2度も出てくるのかと悩み出し、筆が進みません。妻が手伝い、丸3日かけてようやく仕上げました。

 「お義母さん、年賀状、投函した?」。4日目の朝、妻が尋ねたところ、母はしばらく宙をにらんだのち、こう言い放ちました。「うん、今年はね、まだ、書いてない」。あろうことか、3日間の努力の記憶が、忘却の彼方。妻は思わず、のけぞっていました。

 認知症の介護をしていると、家族は神経をヤスリでごりごりと削られるようなストレスにさらされます。「お金がない。なんで私の財産を勝手に管理するの?」。生活費の隠し場所を忘れると、すぐに非難の電話がかかってきます。

 見守りカメラから少し目を離している隙に、カレンダーに一日ずつ貼り付けている認知症の飲み薬を過剰摂取し、意識もうろうとすることも。夜中にトイレと間違えて、玄関のドアを開け、そのまま徘徊の旅に出発、警察から保護の連絡を受けた民生委員から電話がかかってきたこともあります。

 真面目に介護を続けていると、精神が疲弊してしまいます。長期的、安定的に介護を続けるには、家族の精神安定も大きな鍵になります。家族にとって必要な処方箋は、笑い、楽しみながら介護をすることです。

 認知症の高齢者の言動は、当事者である家族の視点で見ると、腹が立つことも多いのですが、介護を忘れて突き放して見ると、かなり滑稽です。ザ・ドリフターズによしもと新喜劇、幾多のコメディアンが、認知症の高齢者の真似をして聴衆を沸かせてきたのも、高齢者の言動が面白さにあふれているからです。

 私と妻も、母のモノマネをして、介護のストレスを笑いに変えてきました。年賀状のネタもすぐに取り入れました。妻の顔真似は秀逸で、母がおとぼけを繰り広げていた記憶がありありと蘇り、何だか楽しくなってきます。

 月1回の帰省と日々の見守りカメラによる観察で、モノマネのレパートリーはどんどん増えていきます。

 朝起きて、薄暗いリビングでごそごそ作業をしている母を見かね、電話で電灯をつけるように促すと、壁のスイッチを通り過ぎて、電灯の下で両手を上げ、阿波踊りのような動きをしています。点灯用の紐はぶら下がっていないのに、ありもしない紐を手探りで見つけようとしているのでした。すぐに私たち夫婦の間で、電灯下の阿波踊りが大流行しました。これは、ビデオやエアコンのリモコンで、一生懸命、テレビを消そうとするモノマネと並んで、ロングヒットとなりました。

 母は時折、同じ行動の無限ループに陥ることがあります。机の上から拾い上げた二つ折りの書類を開き、「あっ、これは印鑑証明か」と言って、二つ折りにして元に戻したかと思ったら、そこから延々、同じ動作を続けるのです。机の上に戻した瞬間、中身を確認した1、2秒前の記憶が、脳内の引き出しの奥深くで行方不明になり、何度確認を繰り返しても、脳は、二つ折りの印鑑証明を未知の情報として認識しているようでした。こうした行動も、すべてモノマネに取り入れました。

 モノマネには、大きな副産物がありました。母の記憶回路や感情がより深く理解できるようになったのです。

 母には口癖がありました。「大丈夫ですよ。私は独り暮らししてるんですから」。窮地に陥っているときに手を差し伸べると、得意げに下あごを突き出し、支援の手をはねのけるのです。できもしないのに虚勢を張る態度に、当初は、強いいら立ちを覚えましたが、妻と二人でモノマネ合戦を繰り広げているうちに、母の心情に思いが至りました。

 記憶が途切れ途切れになって、身の回りに不可解な現象が次々と起き、日々、言い知れぬ不安にさいなまれる中、自分は大丈夫だと言い聞かせる安心材料が欲しかった。それが「独り暮らし」だったのだと。以後、母の口癖を優しい気持ちで受け流せるようになりました。

 モノマネで介護を笑いに変える。介護に疲れた家族にはぜひ、お勧めです。(つづく)

次=11月6日更新予定
前=本能的 遠距離介護㉑

2017年10月28日付

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