特別寄稿 本能的 遠距離介護㉖

「認知症の不思議 突然開く記憶の引き出し」  本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護㉖
中華料理店でラーメンを食べる母。発症8年目の現在では、ラーメンを水に漬けたり、紙
ナプキンを食べようとしたり、独自の世界観を繰り広げている

 2015年1月2日、母がトイレからリビングに戻ってくると、顔が真っ青でした。一つ上の伯父が、入院したのでお見舞いに行かなくてはいけないというのです。

 誰から聞いたのかも、病状も入院先もわからない。それでも、母はお見舞いに行くと言って聞きません。

 伯父がピンピンしていたら気を悪くするかもしれない。恐る恐る自宅に電話をかけると、伯
母が出ました。伯父は 月中旬、自宅で転倒し、脳内出血で緊急手術を受け、現在も入院中だというのです。
 母の話は本当だったのです。でも、どうして、2か月もたってから大騒ぎを始めたのでしょうか。
 鍵は前日にありました。母は、親族の新年会に顔を出し、その場で伯父の入院を聞かされたようです。
 私も参加を申し出たのですが、「あんたは来んでええ」と締め出されてしまいました。付き添いなしで親族の家に行くことで、自分が認知症ではないことをばか息子に証明したい。母が、親としての余計なプライドを振りかざしたために、母だけが情報を耳にするところとなり、翌日、トイレに入った拍子に記憶の引き出しがパンと開いたのでした。
 認知症になったら、何もわからなくなる――。日本ではそういう誤解も広がっていますが、記憶の引き出しから引っ張り出せないだけだったのです。何かの拍子で突如、記憶が手品のように口から出てくることもあるのです。
 この数日後にも、同じような出来事がありました。妻と母と3人で、中華料理店で夕食を取っていると、突如、「今年はまだ雑煮を食べていない。帰ったら、すぐに作らなあかん」と言い出しました。
 やっかいなことになったものです。私たち夫婦の不在時に、餅でのどを詰まらせでもしたら、正月を迎えたと同時に別のお迎えまで来てしまいます。
 「お義母さん、若いときと違って、年を取ったら飲み込む力が弱くなってるから、餅がのどに詰まるかもしれないよ」
 「大丈夫よ。若い人に無理やり食べさせるんじゃなくて、私が食べるんやから」
 妻は理詰めで諭そうとしましたが、母は、妻が発した単語を適当につなぎ合わせて独自の解釈をするので、何度説得を試みても、話がかみ合いません。
 ここは、切り札の出番です。忍法「話題そらしの術」。目まぐるしく話題を変え、母に何の話をしていたか忘れさせる戦法です。いつもなら100%の成功率ですが、この日は何度、話題を変えてもすぐに雑煮の話に引き戻されてしまいます。どういうわけか、雑煮の記憶だけが、脳内で膨らみ、べったりとへばり付いているようです。
 店を出ると、ぐんぐんとスーパーに入り、食材を買いそろえ、帰宅後は台所に直行し、大なべに水を張りました。勢いに陰りが見えたのは、食卓を通りかかり、新聞に目を落としたときでした。
 「正月が……終わってる……」
 中華料理店で「年末」「正月」という文字を見た瞬間、「雑煮を作らねば」というスイッチが入ってしまった。しばらく脳が高速回転をしていたものの、すでに三が日も終わっていることを知って、ショックでゼンマイが切れてしまったようです。母は放心状態のまま、床に就き、雑煮騒動は一件落着しました。
 人間同士が、意思の疎通を図るには、情報を記憶の引き出しに保存できるかどうか、それを引き出せるかどうか。さらには、関連する情報を結びつけることができるかどうかも重要になる。母の介護で、そのことも痛感させられました。
 雑煮騒動から1週間後、お昼にうどんを食べて、駅のホームで電車を待っていたときのことです。
 母にお昼に何を食べたかと尋ねると、「わからん」と投げやりな答えが返ってきました。正解を明かすと、「何や、うどんやったら、さっき食べたやないの」と言うではないですか。
 うどんを食べたことは覚えていても、時間の感覚がないので、それが昼ごはんという情報とつながらなかったのです。
 認知症が進行してくると、数秒前に見聞きした情報や自分の発言内容すらも忘れてしまい、会話のつじつまも合わなくなってきます。親とのコミュニケーションが成立しない――。
 家族としては、絶望的な気持ちになるかもしれませんが、声の掛け方を工夫してみると、案外、会話のラリーがつながることもあるのです。(つづく)

次=12月11日更新予定
前=本能的 遠距離介護㉕

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password