特別寄稿 本能的 遠距離介護㉗

親の『ウソ』翻訳力で理解を  本能寺 逢休

特別寄稿 本能的 遠距離介護㉗ 親の『ウソ』翻訳力で理解を  本能寺 逢休
母との電話は、まるで翻訳基礎講座。言葉の裏を探るうえで、見守りカメラの映像が大活躍

 「お父さんのいとこが亡くなったんやて」
 勤務中に母から電話がかかってきました。翌日は葬儀があるので、ホームヘルパーのサービスを受けられないと言います。母が認知症を発症して5年目のことです。

 念のため親戚に電話で確認すると、亡くなったのは、父のいとこではなく、父方の菩提寺の住職で、しかも先代でした。檀家からの連絡を受けた母が、情報を取り違えたようです。

 ほっと胸をなで下ろしました。母のマンションから菩提寺までは車で2時間。母は免許すら持っていません。交通機関の乗り継ぎは複雑で、確実に迷子になるパターンです。

 母に電話をかけ直し、情報を修正したうえで葬儀には行かなくてもいいと告げると、電話口で突如、金切り声が響きました。

 自分は最初から先代の住職だと言っている。マンションには親戚が数人いて、皆で車をチャーターしたので移動手段の心配もない。親の親戚付き合いに口を出すな……。一気にまくしたてます。

 翌日、母は朝からマンションの前で来るはずのない車を待ち続け、途中で疲れて家に戻り、やがて葬儀のことなどきれいさっぱり忘れて、いつも通り笑顔でホームヘルパーを迎え入れました。

 マンションには同じ名字の住民が数人いて、彼らを親戚と勘違い。さらに週4日、デイサービスの迎えの車が来るので、記憶の中で送迎車がチャーター車にすり替わってしまったのでした。

 認知症になると、高齢の親がウソをつくようになる。家族が情報を正そうとして口論になり、互いに不信感を募らせ、親子関係に亀裂が入る――。認知症の介護ではよく耳にする話です。

 ウソをつくというところに大きな誤解がある。遠距離介護を6年間経験した今では、そう思うようになりました。

 認知症の親としては決して、ウソをついているつもりなどないからです。記憶がプツリプツリと途切れてしまうので、断片的な点と点を繋ぎ合わせ、どうしても説明のつかない部分を想像で埋め合わせると、私たち家族が認識している現実とは、全くかけ離れた世界が見えてしまう。ただ、それだけのことなのです。

 家族に金品を取られたという「物取られ妄想」も、同じ理由で説明がつきます。母も財布の現金が底をつくと、よく抗議の電話をかけてきました。私が預金を勝手に管理して、わずかな生活費しか渡さないので、母がひもじい思いをしている。そういう言い分です。

 現実には生活費は十分にあるのです。母が毎回、財布に大金を入れるのは物騒だと、生活費の大半をタンスに隠してしまうので、財布の現金がすぐに枯渇する。母が自分で原因を作り出していたのです。

 しかし、母の目に見えるのは、財布の中のわずかな現金だけ。結婚以来、共働きなのに自分の給料を全て父に巻き上げられていた苦い思い出がこみ上げてきます。父はすでに亡くなっていますが、不幸なことに面影は私の顔に受け継がれてしまいました。同じような憎たらしい顔をしているので、やることも一緒に違いない。こうして、私が母の預金を不当に管理するというストーリーができ上がるのです。

 認知症の高齢者は日々、不安におののいています。自分が置いたはずの場所にお金や鍵がない。買い物をしていないのにお金が減っている……。直近の記憶が呼び戻せないため、身の回りで次々と怪奇現象が起きているように感じ、不安を解消するために納得のいく理由が欲しい。最もわかりやすく合理的な説明が、家族による犯行説です。

 認知症がさらに進行すると、自分の身の回りの出来事や体調、感情をうまく表現できなくなり、まったく関係のない言葉を口走るので、コミュニケーションはさらに複雑になります。冒頭の葬儀の報告も、話の始まりは「住所録、どこにあるか知らん?」という問い合わせで、粘り強く質問を重ねて、ようやく本題にたどり着いたのです。

 親の言葉を額面通り受け取ると、混乱や感情的な衝突が生まれてしまいます。ここは、思考力や理解力の高い家族の側が、大きな視点と広い心で、会話の背景にどんな出来事や記憶が隠れているかを探り出し、親の言葉を上手に変換する必要があります。介護には、翻訳の力も求められるのです。(つづく)

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