狂言の「豊かな笑い」㊦ 小笠原氏「喜劇は自分を映す鏡」

小笠原匡氏
狂言の「豊かな笑い」㊦ 小笠原氏「喜劇は自分を映す鏡」

 11月15、16日に来伯し、2回公演とワークショップを行った和泉流狂言師の小笠原匡(ただし)氏。単独インタビューでは、ブラジル日系社会への思いや狂言の持つ力を聞いた。

 今回の小笠原氏の来伯は2年ぶり4度目。2015年7月に日伯修好120周年の公式事業としてSESC(サンパウロ州商業連盟社会サービス)主催の「能・狂言の世界」の好評を受けて、HISブラジル(佐々木伸仁社長)側から公演の相談を受けたという。

 今回の公演は、日系社会からの来場を見込んで2回ともサンパウロ市リベルダーデ区の文協大講堂で企画。1998年のブラジル日本移民90周年の際には、外務省の派遣公演で1カ月間伯国内各地を回った経験もあり、日系社会への理解も深い。「これだけ日本のものがブラジルに浸透していて、日本に対するイメージも凄く良くて。やっぱり移民の方々の努力、お陰がある」と思い入れを語った。

 また、小笠原氏はブラジルに限らず、フランスでの活動をはじめ、ヨーロッパ諸国でも精力的に活動している。イタリアでは、伝統仮面劇・コンメディア・デッラルテとも合作・共演したり、現代社会への風刺に富んだ新作演目も発表するなど、革新的な狂言師としての側面も持つ。

 今回の伯国公演では、日本の伝統的なものを紹介することに重きを置いたため、古典演目2本となったが、ポルトガル語を織り交ぜるといった工夫も観客からは好評を受けた。『盆山』と『昆布売り』という演目選択も、視覚的に楽しめる要素や、立場逆転の風刺の笑いなど、時代や言語を越えて通ずる普遍性が理由という。

 ブラジルならではの取り組みも構想しているか、との記者の問いには、「今後、ブラジルに定期的にお邪魔できるようになったりしたら、ブラジルのネタで、例えば神話とか民話とか風習、そういうものを題材に『ブラジル創作狂言』を作って、(伯国の能楽演者の指導・育成を重ねるなどして)僕が演出してやってみるとか。ここ(ブラジル)だったら、できるんじゃないかなという気がする」と語り、実験的な取り組みにも意欲的な姿勢を覗かせた。

 こうした海外で狂言を紹介したり、海外の文化を取り入れようとする小笠原氏の姿勢は、日本の伝統芸能である狂言の世界では珍しい。「もともと私は狂言の家柄の出ではないので、私はそういうお役目なのかなと思います。外国の人の観点とかを逆輸入して、狂言とか伝統の魅力を発信したい」と語る。

 また、「喜劇とは自分を映す鏡」と語る小笠原氏。ほんの出来心で悪事を働こうとする泥棒や、立派なはずの地位なのにうっかりしている大名といった人間像はいつの時代にもどんな地にもいる。そうした人物も、とても愚直で必死だ。だからこそ、離れて見る観客には笑える。しかし、見ているうちに段々と笑えなくなり、「自分のことなのではと思えてくる」と小笠原氏は指摘する。

 「喜劇が社会に果たすべき役割というのは、ただの娯楽とかガス抜きではなくて、自分のことを知るとか、自戒の念とか、離見の見(りけんのけん)ではないか。そう最近思えるようになった」。

 離見の見とは、能の大成者、世阿弥(ぜあみ)の言葉で、演者が自らの身体を離れた客観的な目線をもち、あらゆる方向から自身の演技を見る意識のこと。もちろん、この文脈では演者に限ったことではなく、人としての在り方にまで広げ、笑いの奥の道徳的な側面を小笠原氏は強調している。

 そうした狂言が、自身のルーツを大切にしようとする日系人に対して果たせる役割は大きいと、小笠原氏は語る。「(日本人は)見えないものを信じる、感じる、想像することが長けている、(あるいは)好きだ。また、そういう行為によってコミュニケーションが図れる」とし、そうした日本人の気質の背景には独特な風土や日本古来の自然との生き方があると指摘する。

 「ただ文化ですよ、伝統ですよと押し着せるのではなくて、豊かな笑いを通じて、(日系人も日本人も含む)私たちの先人に対する感謝の気持ちを、記憶喪失から目覚めさせたい」と力強く語り、目を輝かせていた。(河)(おわり)

2017年12月6日付

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