石川県人会創立80周年記念式典 県民上陸100年、会館落成22年も

石川県人会創立80周年記念式典 県民上陸100年、会館落成22年も
乾杯する来賓ら

「会員の親睦、末永く続くように」

石川県人会創立80周年記念式典 県民上陸100年、会館落成22年も
あいさつする森永会長

 ブラジル石川県人会(森永正行ジェラルド会長)主催の県人会創立80周年及び県人移民上陸100周年、会館落成22周年式典が、8日午前10時からサンパウロ(聖)市ベラ・ビスタ区の「クラブ・ホムズ」で開催され、県人会員ら260人が出席した。式典出席のため、母県からは竹中博康副知事をはじめ、米澤賢司県議会議長ら慶祝団10人、移住家族会の中西伸一会長ら5人が来伯し、節目の年を共に祝った。森永会長は、県人会の発展及び数々の業績は歴代県人会長や幹部、会員の努力と苦労の賜とし、「会員相互の親睦が石川会館を通じて末永く続くことを願います」と述べ、今後も会館を中心とした県人会活動を行っていく考えを強調した。

 石川県人からの移民は、1917年に「しあとる丸」で来伯した安田安兵衛、山岸マタスケ、田中九郎助の3家族29人から始まる。安兵衛の弟、友次郎は37年の石川県人会の発足に関わり、2代目会長も務めた。戦後となり移民事業が再開すると、アマゾナス州エフィジェニオ・サーレス移住地にマナウス石川県人会初代会長を務めた錦戸理平ら同県移民2家族が入植。その後、同移住地には同県からの移民が多く入植し、産業組合設立などに奔走。同植民地が「南米石川村」と呼ばれるほどの活躍を見せ、今も県人会として活動を続けている。同県からは戦前と戦後合わせ、2359人が伯国へ移住した。

 式典には来賓として在聖日本国総領事館の関口ひとみ総領事代理、ブラジル日本文化福祉協会の呉屋春美会長、サンパウロ日伯援護協会の与儀昭雄会長、ブラジル日本都道府県人会連合会の川合昭執行理事、ジャパンハウスの平田多美子アンジェラ館長、マナウス石川県人会の岡本ケン会長ら9人が出席した。

 あいさつに立った森永会長は来賓らに感謝した後、「初の石川県民が移住してから20年経った1937年に県人会を発足させ、情報交換、文化や伝統の継承、母県との連絡は欠かさずに続けて参りました」とこれまでの活動を話し、母県との交流事業や移民招へい事業では会員300人以上が訪日したと語った。「県人会としての現在までの発展と成長及び数々の業績は、歴代県人会長や幹部の皆様、会員の方々の長年にわたる努力と苦労の賜としか言えません」と礼を述べ、「現会長として、母県との交流、会員相互の親睦が石川会館を通じて末永く続くことを願います」と語った。

 谷本正憲県知事は欠席となったが、ビデオで会員らにメッセージを送った。谷本知事は「ブラジル国内における皆様方の高い評価は、私ども石川県民にとっても大きな誇りでございます。改めて心から敬意を表したいと思います」と述べ、「これからも次代を担う青少年の相互交流など、ブラジル県人会との交流を積極的に進め、日本とブラジルの友好親善の拡大に貢献してまいりたいと思います」と決意を語った。

 各来賓の祝辞の後、記念品交換や高齢者表彰が行われ、閉会となった。閉会後は記念祝賀会となり、ケーキカットや鏡開きが行われた。

 式典には先駆移民であり、2代目会長を務めた安田友次郎氏の娘である沢田ヒサコさん(85、2世)が記念品受贈のため出席。安田氏について「13歳でレジストロに入植してカフェ農家をやっていたが、医療機関が近くになかったことで娘2人を亡くしてしまい、サンパウロに出てくることを決めた」と話し、「商店を始めてからは、兄弟全員がサンパウロに出てきた。兄弟の子供を皆家に呼んで、勉強させていた」と一族の大黒柱としての姿を語った。また「県民をまとめるため県人会の活動にはすごく熱心で、県人会のためだったら田舎まで行って寄付を募っていた。今日の式典のように会員たちをまとめていた。あの時の父の働きが今の県人会につながっていると思う」と県人会長としての姿を語り、その功績を振り返った。

2017年10月10日付

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