神内良一さん訃報記者会見 援協前会長らが思い出語る

神内良一さん訃報記者会見 援協前会長らが思い出語る
在りし日の神内さん(写真提供=サンパウロ日伯援護協会)

 サンパウロ日伯援護協会(与儀昭雄会長)に長年にわたり資金援助を行ってきた財団法人日本国際協力財団の神内良一理事長の訃報を受け、7日午前10時半から援協本部4階の会議室で記者会見が行われた。会見には与儀会長、井上健治第1副会長、菊地義治前会長、尾西貞夫前第2副会長、山下忠男前第3副会長ら5人が出席。それぞれ思い出を話し、神内理事長を偲んだ。

 神内理事長はこれまでに合計11億円を援協に寄付し、日伯友好病院の病棟整備や医療機器の購入、援協社会福祉センターの建設などに充てられた。また、1991年には神内医療基金を設立。さらに、2013年から始まった神内プロジェクト1・2では、援協傘下の各ホームの拡張や改修が行われ、今年3月でプロジェクトが完了していた。援協以外にもアマゾニア日伯友好病院をはじめ、南米各国の日系社会に診療所や病院を設置し、戦災孤児のための活動も行っていた。

 かつて援協事務局長を務めていた山下前副会長によると、援協と神内理事長の関係は1987年に始まったという。自らが立ち上げた金融会社プロミスの会長辞任後、福祉活動に目を向けていた神内理事長は、同年に竹中正援協元会長と東京で対面。翌年に初来伯を果たした。かつて伯国移住を希望していたことや孤児院で働いていたこともあり、福祉活動に大きく力を入れ始めていた神内理事長は、以来、日本人移民高齢者のために亡くなる直前まで援協に援助を続けてきた。

 菊地前会長は、一度も日本へ帰れずに亡くなった日本人移民のことを神内理事長は気にかけていたと話し、「ホームの入居者と『ふるさと』を歌いながら、涙を流していた姿を覚えている。人を思う気持ちが非常に強く、日系高齢者の老後を特に考えていた」と回想した。

 尾西前副会長は援協でのつながりに加え、個人的にも親しくしていたと言い、「日本に行けば必ず会っていた。北海道の農園や色んなところに連れて行ってくれた」と思い出を話した。

 与儀会長は「昨年訪日した際は、会うことができず残念だった。神内さんの協力の話を聞くたびに感動していた。援協を代表して、これまでの多大なるご支援とご貢献に対し、深く感謝申し上げると共に深甚なる哀悼の意を表し、心からご冥福をお祈り申し上げます」と述べた。

2017年7月11日付

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