福博剣道部創立60周年に寄せて 特別寄稿 大浦 文雄

 福博剣道部が創立60周年を迎えて、記念大会を催すことになった。

 当初から係わりを持った者として、回顧を交えて一文を書く。

 60年前の1957年、私は福博村会の学務員をしていた。日本語学校関係の仕事である。

 その年、学校に新しい先生が入って来た。日本よりの直来の人で、名は谷口又男(たにぐち・またお)。剣道5段錬士。年は33歳で、自分と同じ年であった。

 それまでの日本語学校の教師は、戦前の年輩の人が多い中で、中年現役の人は良き相手となり、交遊を深めた。

 そんな或る日、谷口さんが真剣な顔をして「学校で剣道を始めたい」と言い出した。

 それまで、剣道の試合しか観ていなかった私は、「防具も無いのにどうやって教えるのか」と質問した。それに対して、「先ず、基本から始める。何事も基本をしっかり習うことが大切だ。打ち込みの素振り、相手に向かう進退の足捌(さば)きなどの練習にも、かなりの時間がかかる」との返事であった。

 こうして始まった剣道の生徒の中に、夜学に通っていた18歳の林義宣少年がいた。

 後年、福博剣道の中核となる彼は、当時、自分の体型にコンプレックスを持っていて、谷口先生のシャキッとした姿勢に憧れて練習に励んだ(そして、教士7段まで大成した)。

 練習場も校舎から村の会館に移り、父兄の熱心な後援を得て防具も徐々に揃い、剣道部は年々充実していった。

 その成果が大きく花開いたのは、創立より10年経った1967年の第9回全伯大会の時であった。

 文字通り、一から始まった福博剣道部が、有段者団体戦で優勝を遂げたのである。

 この朗報に、村は沸いた。

 当時、村会の会長になっていた私は、早速、村民にはかり、盛大な祝賀会を催した。

 学校教師を退き、村内で花作りをしながら青年の指導にあたっていた谷口さんは、会の書記を務めていて、その時の記録を次のように記している。

 「期日七月廿三日、参加人数招待者を含めて大凡二百五十名、シュラスコ用肉百二十㎏(以下、略)」(なお、付記すれば、今回の大会プログラムの表紙に、その時の記念写真を用いるとのこと)。

   ◎   ◎

 その後もたゆみなく練習に励み、大会に臨んでは個人戦、団体戦において常に上位を占め、特に幼少年の部の活躍は目覚ましい。

 一方、世界大会に選抜される選手は、一つのチームとしては過分の人数を出している。

 その中でも、特記すべきことでは、林幸男7段が世界大会での審判員として日本から選ばれていることがある。

 こうして、60年を迎えた福博剣道部は現在、部員選手44名、有段者は初段5名から7段(うち教士1人)3名までの21名。15歳以下の幼少年21名の陣容である。

 世に「創業は易く、継続は難し」という言葉がある。

 願わくは世代交代をしながら、福博剣道部が、その伝統の誇りを守り、さらに明日に向って進まれんことを祈ってペンを擱(お)く。

(この一文を今は亡き友、谷口又男の霊に捧ぐ)

2017年8月22日付

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