移民110周年 サントス日本人会館が完全返還 移民の日に土地譲渡の調印式

移民110周年 サントス日本人会館が完全返還 移民の日に土地譲渡の調印式
土地譲渡書類調印式。楠首席領事、橋本会長(左から)、バルボザ市長(中央)、パパ連邦下議(中央右)

「今日で今までの抗争は終わり」

 「移民110周年の最高のお祝いになった」――。1930年に建立され、46年に戦時中の敵性資産として接収されるなど数奇な歴史を持つサンパウロ(聖)州サントス市ビラ・マチアス区にある日本人会館。長期に及ぶ返還運動の末、2006年に無償貸与、16年12月に全面返還が決定してから約1年半、土地・建物譲渡書類の調印式によって完全返還が実現した。調印式は、移民110周年記念として「移民の日(6月18日)」に合わせて行われ、歴史的な1日となった。関係者らは「本当に長かった」、「今日で今までの抗争は終わり」と長い苦闘の歴史に想いを馳せた。

 1928年、サントス日本人協会(当時・三吉文人初代会長)が日本人会館を建設するために設立され、会館竣工後の30年7月14日に落成式が行われた。ここから会館の紆余曲折が始まる。

 43年7月、第二次世界大戦によって同市内の日本人など枢軸国民に強制退去命令が発令された。46年、同協会は解散を強いられ、会館の土地・建物が敵性国資産として伯国政府に接収された。その後、陸軍省の管轄下となり、徴兵検査などの目的で使用され、2006年まで立入禁止のままだった。

 戦時中に家族一同で強制退去を命じられた橋本和英さん(88、2世)は「戦争当時は小さかったが、サントスに戻るまでの3年間は大変だった」と多くは語らずも、苦悩の日々を口にした。

 1952年、再発足したサントス日本人会(中井繁次郎初代会長)を中心に返還運動を展開。78年から2003年まで会長を務めた上新(かみ・あらた)さん(享年95、福岡)らの尽力もあり、2006年には国有財産管理局(SPU)から「無償貸与」という形で会館が引き渡された。16年、当時の中前隆博在聖総領事や梅田邦夫在伯特命全権大使、ジョアン・パウロ・タバレス・パパ連邦下議、中井貞夫同市議の働きかけで、全面返還が実現した。

 そして今月18日、SPUから発行された正式な土地・建物譲渡書類に調印し、伯国政府に接収されてから実に72年ぶりとなる完全返還が果たされ、移民110周年記念に花を添えた。

 調印式は、土井セルジオ紀文元会長が司会を務め、橋本マリーゼ会長(49、3世)を筆頭とする同会関係者や、在聖総領事館の楠彰首席領事、パウロ・アレシャンドレ・バルボザ同市長、パパ連邦下議、同会初代会長の孫で現同市スポーツ局長の中井貞夫氏らが出席。書類に署名して、土地・建物の譲渡が完了した。

 橋本会長は「とても重要な日になった。建物の責任も重大になる」と話し、「この会館で、日本文化を若い人に伝えていきたい。そして将来、日本人会の活動に携わってほしい」と会館での活動に意気込む。

 土井元会長は「これだけの財産は管理が難しい。これから真剣に考えていかないと」と先を見据える。

 20年以上にわたり、同会の記録収集・保存を行ってきた大橋健三さん(86、静岡)は「市長や地元の人、全ての人が喜んでいる。今日で今までの抗争は終わり」と胸を撫で下ろした。

 初代会長の孫で、返還活動に尽力した中井氏は「祖父が亡くなってから、残した書類、周囲の人の話で会館のことを知り、意思を受け継いだ」と語り、「祖父が若いころに考えたことが実現できて、喜んでいるでしょう」との言葉から充実感が漂っていた。

 長年会長を務めた上さんの次女・小代子さん(63、2世)は「父ちゃんは願いが叶って喜んでいると思う。25年間も一生懸命に考え、いつも人のためにやっていた」と回想した。

2018年6月26日付

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