第4回「日本語教育の将来を考える」①

 本紙主催で5月22日にブラジル日本文化福祉協会第14会議室を会場に「日本語教育の将来を考える」と題したパネルディスカッションを開催した。パネリストにブラジル日本語センター理事長の谷広海氏、ブラガンサ・パウリスタ日本語学校教師の植西晶子氏を招いた。今回は谷氏の基調講演を掲載する。
 パネリスト 谷広海氏
 ブラジル日本語センターは今年でちょうど25周年を迎えます。そこで現在、『25周年記念シンポジウム~10年後の日本語教育を考える~』を企画しています。今回のパネルディスカッションでは、日系コロニアに、あるいはブラジルの日本語教育に関わりのあることを説明することで、ブラジルにおける日本語教育の問題点を取り上げたいと思っています。
 日本語が話せないと出稼ぎ者も職を失う

 当センターでは、日本語教師、日本語学習者を対象に様々な研修制度を設けています。例えば汎米日本語教師合同研修会では、汎米の日本語教師30人が当センターで日本語教育のための研修を10日間行っています。サンパウロで開催するように私が働きかけたのですが、その結果、ブラジルが中南米における日本語教育の中心になったと同時に、各国との横のつながりができました。さらに、この研修をサンパウロで続けることによって、前回のパネルディスカッションで松原礼子先生もおっしゃっていたように、たくさんの素晴らしい教師たちがブラジルで生まれているんですね。これはブラジルの日系社会の財産であると思っています。

 日本語教師養成の一環として行っているJICA継承日本語教師研修基礎Ⅰコースも同じで、1か月半のサンパウロの研修なのですが、松原先生もその講師の一人になっていて、約15~16人の講師がそれぞれの専門分野を教えるという素晴らしい研修になっています。

 また南米速成塾では、教師はサンパウロが一番多いのですが、パラナ、マット・グロッソ、アマゾナスなど全ブラジルだけでなく、アルゼンチン、ボリビア、ペルーでも教えています。ただ非常に残念だったことは、日本に出稼ぎに行く前に日本語を覚えていく人が少なかったことでした。そしてきちんとした研修制度が設けられた近年には、リーマン・ショックが起こったために出稼ぎに行く人がいなくなってしまったんです。現在は逆に、政府の援助で約3万人の出稼ぎ者が日本政府の援助を受けて帰ってきているという事情があります。ですからどのような事業も、その時代や社会情勢に応じたものでなければ、機を逸してしまうと感じています。

 現在在学中の生徒は34人います。しかし、その実情は出稼ぎに行くというよりも、「これから日本の大学に行く」とか「早く会話を覚えたい」「会社で必要だ」という理由が主になってきています。
 いずれ日本も世界的不況を脱すると思いますが、出稼ぎで日本に行き、現在も日本に残っている人たちは、もうすでに新しい職を見つけ始めています。出稼ぎからすぐにブラジルに帰ってきた人たちは、やはり日本語が出来ないのと、手に職を持っていないため、仕事が見つからずにこちらに帰ってくるという事情が非常に多かったのです。ですから現在、日本政府では職業訓練と同時に日本語講座を76億円という予算を使って実施しています。

 日本語を話せなければ職を失うだけでなく、一緒に日本に渡った子どもたちも勉強をしなくなるという悪循環に陥るんですね。これからは、就業ビザを出す際には、当センターの速成塾くらい日本語が話せることをビザ発給の条件にしてくれという運動を起こしています。

 また、日本に残っている出稼ぎ子弟たちが日本人の子どもと同じような教育を受けられるよう、日本で様々な活動を行っています。現にアメリカでは、約1千万人が不法入国をして働いていますが、その子どもたちがアメリカ人の子どもと同じように教育を受ける権利を求める運動がアメリカの移民国では起こっています。ブラジルでも、国内で生まれた子どもは教育を受けられることができます。ところが日本だけがそうではないんです。

 ブラジルの日本語教師は「移住者の日本語」を話せる方か、あるいは大学の教育学部できちんとした教職免許を取得していない方が大半を占めています。そして現在、新しい日本語教師が必要になってきています。ブラジルには約1200人の日本語教師がいますが、そのほとんどが公立の学校で教えているのではなく、私塾や日本語学校、あるいは文協の中にある学校で教えています。

 そして毎年辞めていく教師が20~30人います。これに対し、当センターが研修で育てられる教師の数は、例えば今年は多くて日本語教師養成講座の研修を受けている方が18人です。つまり、日本語教師を育成するのは非常に大変なことなんです。サンパウロ大学をはじめ他の大学でも、日本語の教師になりたいという生徒はほとんどいないんです。このような理由により、日本側からは同制度を中止すると言ってきています。皆さんも新聞で見たと思いますがセンターが中心となって署名運動を行って日本側にも色々とお願いしています。これはブラジルだけでなく、アルゼンチンや他の国からも一緒になって陳情しています。

 ですからいくら「ブラジルで素晴らしい先生を作る」と言っても、現実的には非常に難しい。例えば日本に一度も行ったことのない教師ですと、出稼ぎから帰ってきた人の子どもたちから「日本ではそうじゃないよ」と言われて、やる気を失ってしまうことだってあるんです。やはり日本に行って山手線に乗り、デパートにも行き、京都や奈良にも行って、言葉だけじゃない文化、日本の素晴らしさを肌で感じ取り、誇りを持って帰ってきていただきたいというのが私たちの望みですので、訪日研修を続けられるように皆さんにもご協力していただきたいと思っています。

 政府の事業仕分けは日本語教育にも影響

 日本政府によるJICA事業仕分けが行われましたが、民主党の代議士は「JICAの施設費がかかりすぎだ」と予算削減を提唱しました。家賃だけで27億円も払っているし、そもそもどうして横浜と本部の二つが必要なのか、という議論も起こりました。職員の飛行機賃や宿泊費も仕分けの対象になっていますし、学習者を少しずつ減らせと言ってきています。極端な話になると、横浜のセンターで日本語を教えている海外日系人協会は設備がデラックスすぎるので、研修で来るなら外国人学校に生徒を預ければいいじゃないか、泊まるところはビジネスホテルと契約すればいいという議論まで起こっています。

 幸い西林万寿夫前総領事、大部一秋総領事、またJICAの芳賀克彦所長をはじめ、ブラジルにおける日本語教育がどうなるかということに非常に興味を持って支援をいただいておりますので、私たちが集めて日伯議員連盟に送った署名を、代議士さんに頼んで外務省の本部が財務省と交渉してもらえるように頼んでいるところです。日本語能力試験に関しては、事業規模は維持するが国費投入をなくすようなやり方ということで残ることができました。やはり実績を作るということも大切だと思いました。

 各学校の教育方法を資料としてDVDに

 最後に、これからの日本語教育をどうするか、そして10年後の日本語教育はどうなるかということについて考えていきたいと思います。現在、ブラジルにおける日系人は約150万人と言われていますが、その中の27~28万人が日本に出稼ぎに行っております。つまり、ブラジルの人口の1%も日系人はいないんです。その日系人がブラジル社会の中で地位を築いて、「ブラジル文化を語る時には日本の文化を、日系人の参加を忘れることはできませんよ」と言われるようになるためには、日本の文化や日本の言葉、そしてそれだけではなく、非常に勤勉で嘘をつかない、一生懸命仕事をするといった、今まで日系人が築いてきたものを、日本語と同時に伝えていくことが必要なのではないかと考えています。

 10年後に日本語教育はどうなるでしょうか? 現在、約2万人の生徒が日本語を勉強しており、約1200人の教師が教えています。これを10年後には6万人の生徒に増やしたい、という目標とビジョンを立てて事業を進めていかなければなりません。では生徒を6万人に増やす場合に、日本語の教師は少なくとも2千人は必要になるでしょう。その2千人の教師を育てるためには、大学の教育学部の中に教師養成学科を作るか、あるいは日伯連邦大学を作ってその中に短期養成の講座を作る必要性があります。

 先日、当センターの教師がある学校に視察に行きました。なんと1人の先生が240人の生徒に授業を教えていたんです。その学校でもう手が回らないということで、周辺の学校が日本語の学科を選択科目で作ってもいいという話も出たのですが、肝心の日本語教師がいないんです。

 当センターでは教師認定書を発行しています。10年以上の教育経験を持つ教師や、当センターの様々な研修を受けた教師の約600人分の履歴書が保管してありまして、その教師の中から教師認定書を出しています。しかし、この認定書が通用する州もありますが、公に公務員として雇って給料を払うことはできません。そのためにはやはり大学を作るか、あるいは大学に学科を作ってくれという運動を進めていくしかないと思います。

 前回のパネルディスカッションでピラール・ド・スール日本語学校の教育現場が紹介されましたが、文協の会長さんをはじめ、団体役員や父兄が一緒になってイベントに参加されている。先生方も意気に燃えて献身的な活動をされて、ああいう素晴らしい成果が出ています。これはぜひ、当センターの25周年シンポジウムで取り上げたいと思っています。教育方法の参考例としてビデオで撮影して、この前試写会も行いました。

 他にもスザノ日本語学校などは、公立校になりながらコロニアが力を合わせて素晴らしい学校を作っています。スザノ校もビデオに撮って一歩進んだ日本語教育のあり方として紹介する予定です。さらに、当センターの近くにある大志万・松柏学園も、ぜひ紹介したいと考えています。

 また、アリアンサでは約1600人の生徒が日本語を勉強していますし、ブラジリアでブラジル人だけを教えている日本語講座が成果を上げており、それを通じて日本語教育が進んでいるという話も聞きます。そういう様々な学校の教育現場をビデオで撮りながら、シンポジウムで発表するだけでなく、ブラジル中の日本語関係の学校にDVDを送る計画を立てています。もちろん当センターのウェブサイトでも、各学校の教育現場についての詳細を掲載していく方針です。

 こういった運動は、戦後移住者がまだ元気なうちに、あと10年くらいしか頑張れないのではないかという可能性もありますので、今回の25周年記念では日本語教育の今後のあり方についての発信を特に心がけていきたいと考えています。それを一緒にサンパウロ新聞、ニッケイ新聞、あるいはブラジルの新聞、またブラジルの各機関に働きかけて発信し、新たな日本語教育の発展というスタート地点になればと幸いだと思っています。(つづく、文責編集部)

写真:ブラジル日本語センター理事長の谷広海氏
2010年6月5日付

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