第12回世界ゲートボール選手権大会 ブラジルが強豪・中国を破り優勝

第12回世界ゲートボール選手権大会 ブラジルが強豪・中国を破り優勝
優勝したブラジルの日本カントリークラブチーム

ニッポンカントリークラブチームに栄冠
準優勝、3位(2チーム)は中国勢が独占

第12回世界ゲートボール選手権大会 ブラジルが強豪・中国を破り優勝
開会式で整列した各国選手団

 第12回世界ゲートボール選手権大会が22、23日両日、サンパウロ市ジャバクワラ区のブラジルゲートボールスタジアムで開かれた。10カ国1地域から出場した64チームは何れも強豪ぞろいで、予選リーグ戦から白熱した試合が続き、決勝トーナメント戦ではブラジルのニッポンカントリークラブチームと中国の上海市浦東新区高東鎮門球隊チームが激突し、ニッポンカントリークラブチームが接戦を制し栄冠に輝いた。

 大会両日とも晴天に恵まれ、決勝当日は気温が30度まで上がった。

 22日の開会式は午前9時に始まり、高村寿徳副会長が大会宣言。ブラジル国歌吹奏の後、主催者の世界ゲートボール連合の椎川忍会長が英語で、続いて主管団体のブラジルゲートボール連合本多八郎会長がポルトガル語であいさつを行い、ジョゼー・カルロス・ファラジ(リュゾウ・オガワスポーツ教育センター理事)が祝辞を述べた。その後、前回優勝した中国チーム代表が優勝杯を返還し、ゴイアニアチームのフェルナンド・ウメダ選手が選手宣誓、来賓が始球式を行い、続いてカポエイラとサンバのショーが10分披露され開会式を終えた。

 当初大会には12カ国1地域から出場予定だったが、直前になり、インド、インドネシアが辞退したため、アルゼンチン、オーストラリア、韓国、日本、パラグアイ、中国、ペルー、米国、ウルグアイ、ブラジルの10カ国とヨロッパの混成チームの出場となった。出場64チームのうちブラジルは30チーム。

 リーグ戦からトーナメント戦へ勝ち進んだのは16チームで、ブラジルは8チームが勝ち残った。

第12回世界ゲートボール選手権大会 ブラジルが強豪・中国を破り優勝
貴賓席に並んだ来賓

 トーナメント戦に入りニッポンカントリークラブチームは初戦でナザレーを、2戦目はグァイラとブラジルチームを破り、準決勝戦で中国江西宜春門球隊チームを難なく追い落とした。そして、決勝戦で同じく中国の上海市浦東新区高東鎮門球隊チームと戦い、15×9で優勝を射止めた。

 ニッポンカントリークラブチームの主将を務めた山岸ユウゴさんは、幼年期から祖父にゲートボールを教えられ、めきめき腕をあげた逸材だった。「世界大会に出場できるので、世界の強豪といわれる中国チームのビデオを見て研究していた。だから、自信を持って試合に臨むことができた」といい、「初舞台で優勝できたことはとてもうれしい」と涙を流し喜んだ。

 ブラジルチームの優勝は1988年にサンパウロで開催された第3回世界選手権大会以来2度目となった。

 また、準優勝、3位(2チーム)はすべて中国勢が占め、改めて中国の強さが目立った大会となった。


華やいだ前夜祭 カーニバルで盛りあげる

第12回世界ゲートボール選手権大会 ブラジルが強豪・中国を破り優勝
約350人が招かれた前夜祭会場全景

 世界ゲートボール選手権大会前日の21日夜には、ブラジルゲートボール連合主催の前夜祭がサンパウロ市のブラジル日本文化福祉協会体育館で開かれた。前夜祭には、各国の選手代表及び各国の役員、国際審判員の他、出場国の大使館、総領事館関係者やサンパウロ州政府、サンパウロ市などの関係者約350人が招かれた。

 午後7時から始まったオープニングでは、ブラジルゲートボール連合の本多八郎会長があいさつに立ち、世界ゲートボール連合はじめ参加各国に謝辞を述べるとともに勝敗にこだわることなく、試合を通じて親善交流にも力を注ぐよう選手たちに呼びかけた。

 続いて来賓を代表して祝辞に立った世界ゲートボール連合の椎川忍会長は、「ブラジルの文化と歴史を感じていただき、2日間の競技に弾みをつけるべく友好的な時間をすごしていただきたい」とあいさつした。

 前夜祭では食事が用意されただけではなく、各国から集まった人たちにブラジルの雰囲気を味わってもらおうとブラジルの代表的なサンバショーとカポエラのショーが行われた。

 サンバショーでは、2人のサンビスタとバッテリアが会場内を回ると参加者も一緒になって踊りだし、会場は、まるでカーニバルのような雰囲気に包まれた。

 各国から来伯した選手たちは、「大会に出場するだけでとんぼ返りしなければいけないので、こんな素晴らしいサンバで歓迎してもらい、ブラジルの楽しさの一端に触れることができて楽しい」と喜んでいた。


ブラジル・ゲートボールの歴史
お里帰りの1世が導入 今ではブラジル社会に普及

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サンパウロで行われた第3回世界選手権大会(パカエンブー競技場)

◆移住者が持ち込み 日系人へと広がる

 ブラジルにゲートボールが導入されたのは1970年代後半だった。お里帰りで日本に一時帰国した移住者がそれぞれの故郷でお年寄りが嬉々として興じているゲートボールに魅せられ、ブラジルでも楽しもうと用具を持ち込んだのが最初だった。ところが、スティックやボールなどを大量に持ち込むことができず、ゲートボールを楽しもうにもできなかったのだ。

 その中の一人、サンパウロ州スザノ福博村在住の黒木松巳氏は2年余りの苦心の末、用具の作製に成功し、ブラジル老人クラブ連合会に採用を持ちかけたが断られ、イタペチ老人クラブの檀定氏らが「お年寄りの軽運動に適している」と始めた。

 その頃、ブラジルでは老人クラブ活動が活発で、家の中に閉じこもりがちだったお年寄りにとって適度な運動量ということで瞬く間にブラジル全域の日系人の住むところにゲートボールあり、といわれるほど普及された。このため、ゲートボールを組織化する必要に迫られ、82年にイタペチ日本人会館で全伯ゲートボール協会が設立された。同協会は組織を拡大するためには各地で大会を開くことが重要だと考え、サンパウロ新聞社の協力を得て翌83年に協会設立1周年の記念事業として第1回全伯親善ゲートボール大会をスザノで開いた。同大会は以後毎年開かれており、現在でもブラジル最大の大会としてブラジル各地を巡っている。

◆力を入れてきた国際交流 世界各国に選手団を派遣

 85年9月の世界ゲートボール連合設立に際しては、日本、米国、中国、韓国、台湾に加えブラジルも創立会員として参加、世界普及の一役を果たすことになった。86年には、ゲートボール愛好者の輪を南米大陸の愛好者の絆にしようとペルー、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、コロンビア、ウルグアイ、チリ各国の老人クラブを通じてサンパウロ市で親善友好ゲートボール国際大会開催を呼びかけた。

 アルゼンチン、パラグアイ、ボリビア、ペルーはこの企画に賛成し、同年7月の第4回全伯ゲートボール親善大会に合わせて開催を決定。この場で南米地域友好協定調印式を行った。翌87年にパラグアイで行われた第2回南米ゲートボール選手権大会の時に南米ゲートボール連合が結成され、以後ブラジルゲートボール連合が理事長国として牽引し、各国持ち回りで93年まで毎年開催、以後隔年開催で現在も続いている。近隣諸国で行われる南米選手権大会にはブラジルから毎回、100人規模の選手が派遣されている。

 特筆されるのは、同連合は85年に第1回ゲートボール親善使節団を日本に送り出して以来、毎年のように親善使節団を日本を中心に送り出し、世界大会開催年には毎回100人以上の選手が参加した。また、メキシコ、タイ、ラスベガス、台湾などでの交流大会に参加しており、海外との親善交流という意味では、どの団体にも劣らない活動を行ってきた。

 また、ゲートボール発祥の地、北海道芽室町とは1991年から相互に相互交流で9回交流を行い親睦を深めて来た。2012年には将来にわたって親善交流を誓い合い「親善交流協力協定」を締結し、ブラジルでは以後毎年、芽室杯国際ゲートボール選手権大会を開催している。

第12回世界ゲートボール選手権大会 ブラジルが強豪・中国を破り優勝
ブラジルGB連合創立 周年(2007年)を記念してGBスタジアムに建てられた「躍進の碑」

◆世界で唯一16面の専用コートを持つブラジル

 ブラジルゲートボール連合は、サンパウロに16面のゲートボール専用スタジアムを保有している。世界広しといえど、これだけの専用コートを持つ国はないといわれている。

 ブラジルで全伯ゲートボール協会が設立された2年後の84年の臨時総会で「ゲートボールが普及されるにつれて全伯ゲートボール専用コートの必要を痛感することとなり、専用コート及び付属設備建設」について審議され可決した。

 その後、用地探しが始まったもののなかなか適当な土地がなく10年が経過していた。たまたま、サンパウロ市ジャバクワラのサガ・ウニオン・ゲートボールクラブがコートとして使用していた隣接地リュウゾウ・オガワスポーツセンターの一角が使えるということになり、97年から工事を始め1年半の工期を経て98年7月に完成した。

 同コートは現在4コートが屋根付きになっている。

2018年9月26日付

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