第19回コロニア今昔物語 大浦文雄、若林あかね両氏が講演

第19回コロニア今昔物語 大浦文雄、若林あかね両氏が講演
大浦氏

水野龍展とカフエーパウリスタ主題に

第19回コロニア今昔物語 大浦文雄、若林あかね両氏が講演
若林氏
 人文研と移民史料館共催の第19回「コロニア今昔物語」が、1月19日午後6時からサンパウロ(聖)市リベルダーデ区文協ビル9階の移民史料館で開催され、約40人が出席した。当日は2部制で、第1部はスザノ福博村会顧問の大浦文雄氏が「水野龍展と私―その上を流れた時間と人々」をテーマに、第2部は、兵庫県在住映像作家の若林あかね氏が「カフエーパウリスタに魅せられて」をテーマにそれぞれ講演を行った。

 大浦氏は、1970年に初めてスザノ市で水野龍展を開催したことに触れ、同市内にある陸橋の名前を水野龍に決めたことをきっかけに同展開催が実現した経緯を説明した。
 
 大浦氏は同展開催のため、当時クリチバに住んでいた水野氏の家族を訪ね、同氏の遺品の貸出を依頼。羽織・袴(はかま)などの日常品と勲記・勲章のほか、水野氏が記した「笠戸丸航海日記」の貸出も求めたが、水野夫人から同日記は聖市に住む香山六郎氏に貸していると言われた。聖市に戻った大浦氏は早速、香山宅を訪ね、同日記をようやくの思いで借りることができたという。

 晴れてスザノ市での水野龍展が実現した際、水野夫人は「今まで水野は一般の人たちから随分と悪口を言われましたが、今回、陽の当たる場所に行けました」と率直な感想を口にしたそうだ。

 その後、78年6月18日には文協ビル内にブラジル日本移民史料館が完成したが、肝心の「笠戸丸航海日記」が展示されていないことを残念に思った大浦氏は再び、水野夫人に展示の許可を求めたが、当時、聖州バストスの史料館の山中三郎氏が既に水野夫人の許可を得て譲り受け、同史料館に展示していた。

 山中氏から一度は聖市の移民史料館に同日記を借りた大浦氏だったが、その後改めてバストスの史料館に日記を戻し、昨年3月の譲渡式まで日記はバストス史料館に保存されていたという。

 大浦氏は、当時のことに関与した人々のほとんどが現在では鬼籍に入っているとし、「念ずれば花開く」「一人では何もできないけれども、誰かが始めなければならない」との詩人の言葉で講演を締めくくった。

 第2部では、若林氏が水野龍氏が1908年6月27日にブラジル側とのコーヒー契約を交わしたことで始まった「カフエーパウリスタ」について講演。建築関係のアーカイブ映像を制作する中で、「カフエーパウリスタ」と出合ったことに触れ、日本での第1号店とされる大阪府の箕面(みのお)店や、兵庫県西宮市の甲陽園店の資料などをスライドで上映した。

 若林氏は「100年以上も前に、ブラジルのコーヒー店を日本でチェーン店契約していたことがすごい」と話していた。

 また、昨年9月3日には西宮市で当時の甲陽園店を1日だけ再現する催しが開かれたとし、4時間で約860人の来場者があったという。さらに、同年10月には大阪府立中之島図書館で「大阪カフエーパウリスタ展」開催も企画して携わった。

 若林氏は、水野氏と慶応大学時代に知り合った阪急阪神東宝グループ創立者の小林一三氏、甲陽園開発を手掛けた本庄京三郎氏の3人が何らかの形でつながっていたのではと推測し、「当時の人々は起業するにあたって志を持っていた。100年経って『カフエーパウリスタ』を再現できたことは素晴らしいこと」と自身の思いを語った。

2017年2月15日付

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