第48回県連ふるさと巡⑭ ダイヤモンド・ヘッドを登頂

第48回県連ふるさと巡⑭ ダイヤモンド・ヘッドを登頂
ダイヤモンド・ヘッド頂上からの眺め(ワイキキ・ビーチ方面)
第48回県連ふるさと巡⑭ ダイヤモンド・ヘッドを登頂
火山の火口だと分かる山側の景色

 ふるさと巡り5日目の3月11日。この日はハードなスケジュールが続く同旅行の中で珍しく午前中は公式行事が無く、自由時間となった。

 記者たちは前夜に、江藤キヌヱさん(78、福岡)とカルラさん(54、2世)母子と示し合わし、この機会にハワイ州の有名な自然記念公園である「ダイヤモンド・ヘッド」に登ることにしていた。

 ダイヤモンド・ヘッドから午前7時頃に昇るとされる朝日を拝むために、タクシーで午前6時にホテルを出発。早朝で道路が空いていることもあり、同山麓まで15分で到着した。

 ふるさと巡り一行の別チームによっては、同登山のために既に午前5時半にホテルを出たという「つわもの」たちも居たが、こちらは長年、山登りなどしていないので、ゆっくりマイペースで登っていくことにする。

 同公園料金所(入山料は1人1ドル)でもらった日本語の案内書によると、ダイヤモンド・ヘッドは約30万年前に起こった短期間の火山噴火で形成されたと考えられるとし、現在、登山口や駐車場などがある噴火口は1・4平方キロメートルの広さがあるという。また、1968年には米国の自然史跡にも指定。1700年代後期に西欧からの探検家や商人たちが同山を訪れた際、噴火口壁面の岩山の中に光る方解石(ほうかいせき)の結晶をダイヤモンドと見誤ったことから、その名で呼ばれるようになったとし、頂上の高さは232メートルある。

 さらに、同山は1904年に米国連邦政府に買い上げられてオアフ島の沿岸防衛のための軍用地となり、08年から43年までは砲台も設置されるなど軍事要塞となったが、戦時中には結局、一度も砲撃をすることはなかったそうだ。

 まだ、辺りが暗く、足元もおぼつかない中を、江藤母子と一緒に登山口から頂上を目指してゆっくりと登っていく。はじめは緩やかなコンクリートの道だったが、しだいに土のクネクネ道が続き、所々で一時休憩。東の空は赤みを帯びて明るくなり、「ご来光」に期待がかかる。その間も後方からは、我々と同じ目的の観光客が続々と登ってくるが、中には既に頂上まで登ったのか、朝日も拝まずに走って駆け降りてくる人もいて、驚いた。

 途中の展望台を越えると階段(74段)があり、登りきると約70メートルのトンネルが続いた。トンネルを抜けたと思ったら、今度は向かって右側に急勾配の階段(99段)が再び現れ、正直「これを登るのか」と憂鬱(ゆううつ)な気分になった。ようやくの思いで階段を登ると再びトンネルとなり、それを抜けると今度は螺旋(らせん)階段となっていた。上方から降りてきた日本人観光客が「皆さん、頂上は間近ですよ。頑張って」との声に励まされて気分が楽になったが、こうした階段が軍事施設跡だったのだと後で気づいた。

 登山口からの所要時間約40分。ヤレヤレとの思いで頂上に着くと、日本人の学生など超満員の観光客たちが、今か今かと「ご来光」を待っていた。頂上は思っていた以上に狭く、観光客がひしめき合っている。その合間をゆっくり移動しながら、それぞれ登頂を果たした自分たちの勇姿と下界の景色を撮影することに暇(いとま)がない。

 頂上は今年の異常気象もあってか、結構寒く、登山で熱かった体が急速に冷えていく。東の山側からの日の出を期待して見守るが、雲がかかっている。山側の景色を見下ろすと、なるほど、ダイヤモンド・ヘッド全体が火山の火口であることがよく分かる。日の出予定時刻を過ぎた午前7時15分頃まで待つが、結局、日の出は拝めず。観光客たちがぞろぞろと下山していく様子を見て、我々も諦めて降りることに。しかし、下山途中でもまだ観光客が続々と頂上を目指して登ってきており、さすがはハワイの有名観光地なのだと改めて思い知らされた。(つづく、松本浩治記者)

2018年5月12日付

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