第48回県連ふるさと巡⑮ ホノルルで40年ぶりの再会

第48回県連ふるさと巡⑮ ホノルルで40年ぶりの再会
約40年ぶりに再会した小池夫妻(中央とその右)と川端兄弟(両端)

 ハワイの有名観光地ダイヤモンド・ヘッドの駐車場から、うまい具合にタクシーが拾え、ホテルに着くと、まだ午前8時だった。

 実はこの日(3月11日)の午前9時に、ふるさと巡りの参加者で、前夜に結婚50周年(金婚式)を記念してクルーズ船内でチークダンスを踊った小池庸夫(つねお)さん(78、広島)・和子さん(73、2世)夫妻と、ホテルのロビーで待ち合わせることになっていた。

 というのも、小池さんの恩人で親戚に当たる川端正和さん(故人)という人の子息たちがホノルル市内に住んでおり、これまで年賀状やインターネットなどによるやりとりはあったものの、この日に約40年ぶりに実際に再会することになったという。ついては、同日午前10時からホノルル広島県人会の新年会が同市内で開催されるにあたり、ブラジル広島県人会の理事でもある小池さんは同県人会の平崎靖之会長から預かって来た創立60周年記念史をホノルル広島県人会関係者に手渡す必要があり、新年会に共々出席するため、その取材をしてほしいとのことだった。

 小池さんの話によると、川端さんは従姉(いとこ)の夫で、資産家だった。1960年に単身で渡伯した小池さんは、その後に日本の故郷・広島県大竹市で危篤となった父親を看取るため、初めて一時帰国した際に川端さんの子息たちに会っていたという。

 その後、ブラジルで事業を行っていた小池さんに対して、親戚のよしみで川端さんが経済的援助を行うようになり、川端さんも自身の興味から3回来伯していた経緯がある。小池さんは、そのたびにサンパウロをはじめ、首都ブラジリア、アマゾン地域や南伯など広大なブラジルを案内してきた。

 しかし、川端さんは92年頃に住んでいた兵庫県尼崎市で亡くなり、小池さんは「いつかは恩返しをしようと思っていた時に亡くなられ、川端さんには本当に口では言えないぐらい、お世話になった」と、その死を悼んだ。「今回、(和子夫人への)金婚式のプレゼントとして、ふるさと巡り旅行で初めてハワイを訪問しましたが、(川端さんの子息たちと会えることに)運命的なものを感じますね」と小池さんは事前に話していた。

 午前9時、時間通りに川端さんの子息である章(あきら)さん(70)と修さん(68)の兄弟がホテルまで自家用車で小池さん夫妻を迎えに来て、新年会会場まで記者も便乗させてもらう。

 長男の章さんの話では、父親の事業の関係で75年から兄弟でハワイに移住しており、小池さんとは約40年ぶりの再会になるという。78年には川端家族がそれぞれ日本とハワイから別々にブラジルを訪問して、サンパウロで集合し、小池さんが各地を案内した経緯がある。そのことを今も覚えている章さんは「(ブラジルは)大きな国やと思いましたね。それ以来、ブラジルには行ってませんが、小池さんが車であちこち案内してくれて、本当に嬉しかったです」と当時の思いを語る。

 「私は75年にハワイに移住して今年で43年になりますが、当時、父がハワイ島に土地を買ったため、その税金を払わなければならないので、『(ハワイに)行け』と言われましてね」と、ハワイ移住のきっかけを語る章さん。「これは想像ですけど、父はブラジルに興味があって、齢を取ってからでも本当に自分で(伯国に)移住したかったんだと思います」と話す。

 今回、小池さんと約40年ぶりに再会した感想について章さんは、「(当時と)まったく変わってませんね」と言いながら、穏やかな表情を見せていた。(つづく、松本浩治記者)

2018年5月15日付

コメント1

  • 小池庸夫 Reply

    2018年05月16日 at 12:22

    人生 苦難あり 思いがけない 幸せもめぐりくるものです 真面目に 正直に生きるとゆうことが
    いかに大切であるかということ かみしめる今日です 有難うございました.   
       小池

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