記者が感じた熊本地震① 災害ボランティア等で現地訪問

記者が感じた熊本地震① 災害ボランティア等で現地訪問
熊本地震発生から約1年後の熊本城の様子(2017年4月9日撮影)

発生2年後も払拭されない不安感

 記者が感じた熊本地震① 災害ボランティア等で現地訪問
前震から一夜明けた熊本市中央区の様子(2016年4月15日撮影)

 「平成28年(2016年)熊本地震」(以下、熊本地震)発生から2年が経過した。2016年4月14日午後9時26分の前震、同16日午前1時25分の本震と28時間という短い間に2度の激震が襲った未曾有の大地震。余震も非常に活発で、一連の地震活動は熊本県、大分県を中心に甚大な被害をもたらした。被災地では未だ復興途上にある地域もあり、仮設住宅での生活を余儀なくされる人も大勢いる。発生から1年経った昨年7月にも、熊本県阿蘇地方や隣の鹿児島県で震度5弱以上を観測する地震が起きるなど、その脅威も未だ払拭されていない状況だ。記者は2016年4月14日夜に起きた前震発生時、偶然熊本市内に滞在して被災し、不安な一夜を現地で過ごすという経験をした。その日から今日まで自宅のある鹿児島県から、災害ボランティアなどで何度か熊本県を訪れる機会があった。記者にとっての、これまでの熊本地震を振り返る。(山口飛雄馬記者)

◆熊本市内滞在中に被災

 2016年4月14日午後9時26分、熊本地方で最大震度7を観測する地震が発生した。記者はその夜、熊本県に住む友人のマンション4階にある部屋にいた。友人宅は熊本市中央区に位置し、特に被害の大きかった益城町から約10キロの場所にあった。普段は鹿児島県に住んでいる記者だが、当時は休暇を取り、1週間ほど友人宅でのんびりさせてもらっていた。そして次の日の早朝には、趣味の自転車で鹿児島へ帰る予定だった。

 友人はその夜、用事のため外出中で、部屋には記者1人だった。夕食や翌日の荷造りを済ませた後、ソファーに寝転んでうたた寝をしている時がちょうど午後9時半前。地震が起きた。

 記者のいたマンション付近では、震度5強を超える揺れを観測したそうだ。まず部屋が小刻みに震え始めたかと思うと、数秒後には強烈な揺れが起きた。その揺れは怪獣がマンションを襲う映画のワンシーンのように思えた。それほど今まで感じたことのない、非現実的な体験だった。

 悪夢のような激しい揺れの中、「この部屋から早く出たい」と本能的にソファーから飛び起きた。玄関に置いてあった自転車用の懐中電灯とヘルメット、腕時計だけを持って、裸足のまま靴を履いた。その間、部屋中のあらゆる家具がひっくり返っていることは、いちいち見なくても察しがついた。

 恐怖と混乱のあまり、思わず叫び声をあげながら4階から1階まで階段を駆け下り、マンションから100メートルほどのすぐ近くを流れている白川まで無我夢中で走った。部屋から一刻も早く脱出し、そして川沿いに逃げたのは「マンションが倒壊して天井などの下敷きになるのでは」、「近くの高い建物は倒れてこないだろうか」と、上部から何かが落ちてくるかもしれないという状況がたまらなく怖く感じたからだ。

 注意していただきたいのだが、日本の消防庁のホームページで見ることができる「防災マニュアル」によると、記者のように地震発生時に慌てて戸外に飛び出すのは危険とされている。今にして思えば、記者の行為はまさに危険であった。実際、今回記者が遭遇したケースでは、記者がいたマンションは倒壊を免れたので、地震発生直後は屋内で身の安全を確保しながら揺れが収まるのを待つのが賢明な判断だったと思われる。もちろんすぐ倒壊してしまう建物もあるので、一概に言えないのが難しいところだ。普段から自分の命は自分で守るという意識を持ち、各自で防災の専門家などが発信する正確な防災情報を集める努力が大切であろう。

 地震発生から白川沿いに到着するまで、わずか30秒ほどの出来事だったように思う。川沿いに避難でき、少しだけ頭の混乱が収まってきた記者は、右足の脛(すね)と踵(かかと)に切り傷があることに気づいた。どうやら友人宅を出る際に、割れた食器などを踏んだようだった。幸いにも軽傷で歩行は問題なかったが、歩く度に確かに感じる身体的な痛みは、突然の大地震に精神的ショックを受けていた記者をより悲しくさせた。

 携帯電話をすっかり部屋に放り投げてきてしまっていたため、その時点で震源地がどこかということも分からず、川沿いを歩いていた人に地震の情報を教えてもらった。津波と原発に関しては心配しなくてもよいということが分かり、ひとまずほっとした。また、別の人に携帯電話を借りて母親、マンションの友人と連絡を取った。母親の携帯電話番号はかろうじて記憶していたが、友人の電話番号まではさすがに覚えていない。そこでフェイスブックが活躍した。借りた携帯電話から記者自身のアカウントにログインすることで、友人とメッセージをやり取りすることができた。

 川沿いには友人と再会するまで、約1時間半滞在した。その間、数名の人と言葉を交わしたのだが、ある男性は今回熊本県に出張で来ていたそうで、東日本大震災でも被災したと話していた。会話をしていないそれ以外の時間は、川沿いを少し歩いて周囲を眺めたり、公共の水道がある所に座り、道行く人に「水、ここにありますよ」と声をかけたりしていた。

 川沿いでの滞在中、頻繁に地面の揺れを感じ、時には思わずしゃがんでしまうほどの大きな揺れもあった。揺れるたびに、建物なのか電柱なのか、とにかく何かがきしむ音だけが聞こえた。まるで街が鳴いているかのようだった。その時、記者の周囲には10人程度の人がいたと思うが、誰も叫んだりしなかった。一度だけ遠くの方から男性とみられる大きな声が聞こえたが、それ以外は異様なほど静かだった。人間たちは、人間より圧倒的に大きな存在を前に、息を殺してじっと耐えるしかないようだった。(つづく)

2018年6月14日付

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