豚肉を食べない理由 イタペチニンガ 佐瀬 妙子

豚肉を食べない理由 イタペチニンガ 佐瀬 妙子
イタペチニンガの次男の家にて(主人89歳の誕生日に一族が集まりました。この写真ではまだ子や孫7人がおりませんが、それぞれ遠くに住み、参加できませんでした)

 聖州イタペチニンガにお住まいの妙子さん(84)はクモ膜下出血で寝たきりになった長男を17年看病しながら、少しの間を利用して文章を書いている。月一度は仲間たちとボランティア活動をし、新しい知人が増え、日常生活に楽しみができたそうだ。

 私は別に菜食主義でもない。どちらかといえば海の物、野菜類の方が好きであり、動物性の肉、特に豚肉と聞くだけでご免蒙る次第である。料理番組で豚肉料理が度々出てくるが私は見る気がしない。

 私の母も肉類は好きでなく、反対に父は肉類大好き人間だった。ナタールや孫たちの誕生日に皆が集まればシュラスコは欠かせない。子供たちが「ママイ、柔らかいから食べない?」と一切れ持って来てはくれるが、私は申し訳に口にする。

 私が極端な豚肉嫌いになった理由。

 50年余り昔、山の中のシチオに住んでいた頃、主人がどこからか子豚をもらってきた。黒い小さなブタの子が来たので子供たちは大喜び。というのも家の周りにたくさんバナナが植えてあり、次々と熟れて食べ切れない。そこで、「もったいない。豚にでも食べさせよう」という訳で飼うことになった。

 当時は子供たちにお菓子を買って来る訳でもなく、山に入ればゴヤバ、ミシリカの類がたくさん落ちるほどあった。そんな自然の恵みで育っていった。

 そこへ子豚のクロちゃんが家族の仲間入りしたので、当然我が家の豚児もブタも毎日黄色く熟れたバナナをふんだんに食べ、大きく健康に育っていった。月日と共にブタも大きく太っていった。

 ナタールも近づいたある日のこと、隣のシチオに住むキンチーノ爺さんが若い者を連れてやって来た。

 子供たちと一緒にバナナを食べて育ったタロちゃん、所詮は豚の運命「かわいそうに……」

 子供たちと私は家の中でじっとこの時間を待つより仕方がない。その時「キー、キー」とするどい鳴き声が聞こえた。私は思わず耳を塞いだ。ブラジルの人たちには極く普通のこと、手馴れた行事だ。

 しばらくして台所へ行くと、メーザの上に皮をはがれたブタの頭がデンと置かれているではないか。変わり果てた姿を見て座り込んでしまうほどのショックをうけた。

 50余年たった今でもあの時のことが目に浮んでくる。当時はまだ冷蔵庫という物はなく、脂身を煮て脂を取るのであった。

 今のように植物油を使わずにバンニャが多く使われていた。解体した豚半分はキンチーノ爺さんに手間賃とした。爺さんと若いのは意気揚々と帰って行った。

 こんな出来事以来私の豚肉を口にしない理由はますます高じていった。

 以前婦人会のお祝いの席各自が持ち寄り、その時ある会員の方が子豚の丸焼きを持って来られた。口にリンゴをくわえ、こんがり焼きあがっていた。ご婦人方はそれぞれ好みの部分を切り取り小皿に取っておられた。

 私、もちろん手を出す筈はない。

 太古の昔から人間と動物は共存してきたのであり、弱肉強食の世界は今日も続いているということである。

 最近のニュースを見ていると本来山が棲家である動物たちが人里に現われ田畑を荒らし、人畜に被害を及ぼすようになったと報じている。

 彼等の生活の場をうばったのは人間ではないだろうか。動物こそいい災難。

 私の豚肉嫌いとは関係は無いけれど、飢えと飽食の世界が無くなれば、争いごとのない平和が来るのではと、そんなことを考えたりするこの頃である。

(落書倶楽部から転載)

2016年10月25日付

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