面白いコロニア旅行業の裏話(42)

三重県ブラジル親善交流使節団

 サンパウロ州と三重県が姉妹提携のため、郵船航空四日市支店が支店長自ら指揮を取ってDC8を1機チャーターしてサンパウロへ到着した。県知事、県議会議長・県会議員団、商工会議所視察団、移住者家族会一行156人である。地元県人会の出迎えはもちろんだったが、サンパウロ州政府の関係もあって陸軍軍団儀典長だった日系儀仗隊長の指揮で、空港で軍楽隊による出迎えがあり、県知事夫妻と議長夫妻はそれぞれ大型乗用車に分譲して軍警の先導バイクに続き、その後に通関を終えた荷物を横腹に積み終えて、使節団員の乗るバス(34人乗りバス)5台が続いていく。

 サンパウロ・ヒルトンのロビーでチェックインする一行と留守家族会で出迎えた親類宅へ散会する一行と区別して荷物を分けた。そして、昼食時間まで休息をとった。この期間はホテルも空いていたため、トリンクレン総支配人の厚意で午前11時には手続きを終えて部屋に入ることができた。県知事と議長、県商工会議所会頭はそれぞれスイート・ルームに入った。到着日から4日間の州政府、県人会関係の慶祝・祝賀会の行事が続いた。

 5日目は、二手に分かれて、一般参加者は1泊のイグアスーの滝見学へ出発した。残りの県知事、議長、県商工会議所代表、県議会議員、県職員ともにバス2台に分乗して、200キロ奥地の県人会と市役所の公式訪問1泊旅行へと出かけた。ホテルは1泊空けて、翌日再度のチェックインになる。つまり6日目の夕刻に大型団体が再度ヒルトンに宿泊するのだが、この6日目に事件が起きた。

 ホテルで一行の到着を出迎え、再度のチェックイン手続きをすべくホテルのフロントに確認して、私たちは玄関口で待機していた。するとフロント・マネージャーが飛び出してきて「実は、2時間前に大統領府からの一行の宿泊が決まり、日本人ツアー一行への部屋がない。ホテルをデルフィンホテルへ移行するように予約してある。大統領府命令のため申し訳ないがバスが着いたらすぐに、デルフィンホテルへ誘導トランスファーするようにしてほしい」というではないか。これには、いささか腹立たしさを感じながら、バスが到着後、ただちにドライバーとガイドにデルフィンホテルへ向かうよう指示をし、ホテル到着後、筆者から詳しくツアー一行に説明する旨を伝えた。

 ヒルトンのフロント・マネージャーを連れて、デルフィンホテルへ急いだ。ロビーに全員集まってもらい、ヒルトンホテルのマネージャーを紹介し、実情を説明し、ヒルトンホテルからのお詫びのメッセージをお伝えした。日中の暑いバス旅行を終えてサンパウロへ着いたばかりの一行は疲労もあって、静かに納得したかのように見えた。

 しかし、その時、一緒に出迎えた日系儀仗隊長が大声で筆者を怒鳴りつけてきた。
 「ウニベルツールなんか、くそくらえ。なんでこんなことになったのだ。ヒルトンホテルに予約していなかったのか。最低だ。バカヤロウ」とポルトガル語で怒鳴り散らした。日本からのツアー客は、何か同県出身の日系儀仗隊長が非常に怒っているように映り、辺りがシーンとしていた。だが、言葉のわかる筆者にしてみれば悔しさこの上なく、軍事政権の横暴を云ってやりたかったのだが、この場ではそれもできない。チェックインのあと何となく腹が立っているところを、郵船航空の支店長に慰められたこともある。

 ツアーサービスを終えて、友達づきあいもある水本浩九郎社長へ一部始終を報告し、あまりにも日系儀仗隊長のやり方が悔しいのでコロニアの邦字新聞に投稿したい旨を伝えた。すると、投稿することは差し控え、隊長本人を呼び寄せ、詫びを入れてもらうことになった。

 同氏はサンパウロ陸軍部の儀仗隊長で、現天皇皇后が皇太子・皇太子妃としてブラジルを訪問するたびに儀典長として警護にもつき、現天皇からいまでも宮内庁から年賀状と記念品が届いているという。また日本を訪問したときには、宮内庁の計らいで陛下にもお会いできたという。いまでは退官して、某弁護士事務所の片隅で、相談役の仕事をしていると聞いた。(つづく、成田修吾)

2010年9月18日付

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