面白いコロニア旅行業の裏話(48)

人身事故処理(その1) タクシーにはねられて死亡
 1977年8月。いつもの通り日通航空(NEC)主催のルック南米ツアーの団体客を受け入れたときの事件だった。このルックという名のパッケージ・ツアーは年に4、5本の南米ツアーを企画して日本国内で一般向けに販売している。
 2本目のツアーだった。決まりコースだがヴァリグ航空ロス経由でリオ・デ・ジャネイロへ直接入り、大西洋に面して平行して走っているアトランチカ通りとコパカバーナ通りに挟まれた超一流のコパカバーナ・パラセ・ホテルに投宿していた。

 リオで宿泊して2日目の午後だった。市内1日観光を済ませて、夕刻にホテルに帰った一行は午後8時の夕食までの間、自由行動になった。一行のメンバーの一人Kさん(男性68 )がホテルの裏を走るコパカバーナ通りを横断して、向こう角のショッピング・センターで買い物をした帰りに、急いで横断歩道を渡ろうとしたところへ、タクシーが猛スピードで突っ込み、タクシーにはねられた。通報があって急救車で病院に運ばれる途中で死亡した。駆けつけた警察がKさんのポケットからホテルの宿泊カードを持っていたため、直ちにホテルに通報。部屋にいた添乗員が呼び出され、本人確認のためパトカーで病院へ向かった。リオ支店社員の神崎巌氏が通訳しながらKさんの遺体を確認した。

 翌日早朝、リオ支店の田中武彦支店次長からの電話で起され、情況報告を聞いた。説明によれば事故死だが司法解剖された後に、遺体引取りが可能になる。添乗員が東京の本社と電話連絡し、家族の代表で長男ができるだけ早い便で飛んでくる。ツアーの一行は予定通りスケジュールを進め、現地ガイドの待つイグアスを見物し、引き続きペルー観光へ向かう。後の処置をウニベルツールへ一任し、遺族の到着を待ってから添乗員がツアーの一行の後を追って合流することになった。

 Kさんは日本出発前に海外旅行障害保険に加入しており、経費の面については全面的に日通航空が保険会社と交渉を開始し、遺族の希望で火葬することに決定。さらに、タクシー会社からは日本円に換算すればわずかだが、自動車保険の死亡保険金が遺族に手渡された。

 事故は買い物袋をいくつか提げていたKさんが横断歩道の信号が青に変わった直後、ふらついた足取りで入ったところを通り過ぎようとしたタクシーにはねられたという。路面に頭を強く打ち頭蓋骨陥没が死因とのことだった。リオ・デ・ジャネイロには火葬場がまだなかったため、ご遺族の方のリオ到着を待って、直ちにサンパウロへ搬送することになった。

 事故から4日目、遺族の了承を得て遺体はサンパウロへ向けて、リオ市役所の葬儀課手配のコンビ型の霊柩でサンパウロへ搬送されてきた。ビラ・アルピーナの火葬場で待機していた私とKさんの長男、リオ支店から同行した神崎氏は、霊柩車運転手が持参した、警察署発行の事故調書、法医学研究所発行の司法解剖所見書、地方裁判所発行の火葬許可書を提示し、遺族の火葬依頼状への署名・拇印で火葬手続きを終えた。

 火葬を終えて遺骨回収して骨壷に納め、すぐにサンパウロ総領事館へ向かった。領事館では、事故調書、火葬許可書、ご本人の旅券を提示し、死亡届を提出すると同時に、遺骨証明申請手続きを行った。Kさんの長男は、勤務もあり家族たちの密葬もあるので、次の日のヴァリグ便で日本へ帰国の途についた。(つづく、成田修吾)

2010年9月28日付

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