2011年 ブラジルに羽ばたく日系企業

 日本企業の伯進出動向
 ここ数年来、日本企業がようやくブラジルに目を向けるようになり、企業進出や新規投資が急増し始めた。その一方で、進出に向けた調査が活発化している。特に、昨年あたりから新規事業を展開する日本企業が増え出しており、今年は工場建設が活発化すると見られている。この数年の動きをブラジル日本商工会議所の平田藤義事務局長に聞いてみた。
 1970年代の初頭、日本企業がなだれを打ったようにブラジルに進出した黄金期から40年。ブラジルはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれる新興国として世界中から注目されたにもかかわらず、日本企業は中国、インドなどに進出したもののブラジルへの投資には消極的だった。遅ればせながら日本がブラジルに注目し始めたのは3年前に遡る。

 2008年、日本がブラジルへの投資を増やそうとした矢先、米国に端を発したリーマンショックが世界経済を揺り動かした。このため、日本企業のブラジルへの投資にブレーキがかかった。そして、09年上半期は新型インフルエンザの流行で企業の渡航禁止、自粛が広がったことから動きが止まったかに見えたが、水面下では調査活動が続いていた。

 サンパウロのホテルは日本人で溢れていた。あるホテルチェーンの支配人は、「従来日本の企業の人たちはサンパウロやマナウスなど決まった場所しか移動しなかったのですが、今は違う。南伯地域や東北伯など広範囲になっています」と説明する。
 ブラジル日本商工会議所の平田事務局長によると、09年下半期から同会議所を訪れる日本からの訪問客はうなぎのぼりに増え、今年は昨年比2倍に増えたという。3年間で延べにして約200社が同商議所の門を叩いた。

 一昨年までは自動車部品関連企業が多かったが、昨年は業種を問わず、中小企業も増加傾向にあるという。
 今年度の見通しについても、ブラジルを訪れる企業関係者は急増すると予測している。その背景には、日本国内はすでに飽和状態になっており、中国、東南アジア、インドはリスクの影がつきまとうことを考えると、遠くてもブラジルの安定性に安心感があるからだ。

 とは言うものの、BRICs諸国に進出している日本企業数を見ると、中国に2万6千社、インドに六百数十社。いずれも、日本から進出を始めて20年も経過していない。ところがブラジルには日本企業が進出し始めすでに60年近い歴史があるにもかかわらず、400社足らず。
 平田事務局長によれば、この3年間でブラジルに進出した企業は推定で40社、同会議所に新規加入したのはわずか20社にしか過ぎない。
 

 徹底した事前調査 正確な情報、ネットは必需

 ブラジルへ進出しようとする企業は、70年代の黄金時代と同じような気持ちで進出を考えているのだろうか。「70年代は草木もなびくようなムードだけで進出した企業も多かったが、今は違う」と平田事務局長は指摘する。インターネットのおかげで情報収集が容易になったことで、新規に進出しようと考えている企業の社員は徹底的な事前調査を済ませて来伯する。
 「ホームページの影響は恐ろしいほど大きい」と平田事務局長は舌を巻く。各国の商工会議所の中で最も充実した内容と胸を張る平田事務局長だけに来所する訪問客は同商議所のホームページを熟読し、マクロ経済を質問するのではなく、各論の突っ込んだ話をすると苦笑いする。
 このため、ホームページに掲載できないような裏情報を説明するために様々な資料を用意している。ブラジル進出を考えている企業は、進出形態を模索している。この第一の理由は、ブラジル特有の移転価格税制の存在だ。
 次いで、技術移転の相談も多い。ブラジルはロイヤリティー送金を売り上げの5%を上限としており、守秘義務期間が5年しかない、開発途上国としては古いと言われる制度が残っているためだ。
 インドも同じような制度が残っていたが、すでに撤廃しており、このため、工業化が進んだ経緯があり、ブラジルもこの制度を撤廃すれば、敷居が低くなる。
 一方で、進出企業の立地についての質問も多いという。自動車産業の場合は、組立工場の近くに城下町を形成する傾向にあるが、分野によって考え方が違う。製造業に長く従事した経験を持つ平田事務局長は言う。製造業の人たちは労働問題に重点を置いているとし、サンパウロ中心部から100~200キロ圏内で人口2万人規模の町。加えて、地元行政が投資・誘致に熱心なところを推薦している。

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