3・11から5周年被災地の人々は今(終) 特別寄稿 小林エレナ

3・11から5周年被災地の人々は今(終) 特別寄稿 小林エレナ
あの津波の海は今

驚きと発見の中で思うこと

 「見返りを期待しない」というバクティ・ヨガの立場でいたとしても、人々の思いに接することができ、何らかの意味で役に立ったことに対してありがたく、幸せな気持ちになったということは確かである。

 さて、一日が終わり、ゲストハウスのお母さんが、晩ご飯を作って待っていてくれた。その日の出来事について話を交わす暇すらない中、お母さんは別の不思議な話を語りだしてくれたのである。

 震災から1年くらい過ぎた頃、ゲストハウスに東京から女性が訪れて来た。彼女は、震災が起こってからちょうど1年目の日に、大変大きな魂の群れが大空に向かって上がっているのを目撃している。しかも、いわゆる「途中段階」へ上って逝かれたのではなく、「最上階、最も高い段階」へと進んでいたと言うのである。

 ヨガや瞑想の教師としての立場からは、私はどちらかというとスピリチュアル的な、または神秘的な表現をあえて避けることにしている。具体的な表現で十分だったりするし、非現実的な言い方では、人を惑わせる可能性が出てくるためである。しかし、あまりにも大きな「偶然」を目の当たりにしてしまって、言葉を失った。

 そして最初は、この話を他人にはしないと決めていた。しかし、時間がたつにつれ、体験談として人々に役に立つかもしれない、と考え方が変わってきた。暗い話ばかりが飛び交う今の世の中であるからこそ、自分の信じる道を進むべきであると、きっと自分にしかできないことがあるはずだということを実体験として分かったためである。

 不安な気持ちで胸を苦しくしながら東北新幹線を待っていたあのスタート地点からこの4日間は、あまりにも濃い出来事の連続で、1カ月以上過ごしたような感じがしたほどだった。いつまでも後に引いてしまう可能性はあった。しかし、一歩ずつ進んで良かったと思う。だからこの記事を書くことができたのである。

3・11から5周年被災地の人々は今(終) 特別寄稿 小林エレナ
また会う日まで、石巻!
 やってみたことの出来栄えや結果がどうであったのかの問題ではなく、やってみたかったことを行動に移すことができたという嬉しさと、結果的に生み出された驚きの発見が根底にあったためである。例えば、このシリーズの最初に、横浜国立大学の鈴木邦雄先生の退官記念パーティーが、旅のスタートのきっかけとなったことを書いている。先生との再会の2週間後には、先生から「石巻まで行っていただき、ありがとうございます。自分の父や祖父が住んでいた場所でもあります」とのメールをいただいた。

 私が所属するパーラス・アテナ協会のリア・ディスキン氏は、このように教えてくれている。「生まれて来ることで、私たちは人生の舞台に立たされるのです。いつかは次の役者たちの出番が来て、舞台から退出してくださいと言われる時が来ます。地球上で活躍できる時間は限られているのです。ですから、舞台を降りる際には、少なくとも自分が上がってきた時の舞台、地球をより良い場所として残して行きたいものです」と。

 言葉がスピリチュアル的になってしまうのは申し訳ないが、ここで結論を書き表したい。

 自分よりはるかに大きな存在、宇宙のいわゆる「道具」としてこの世で働かせてもらうことが何よりもの幸せだということが分かった。これも、ヨガの哲学から来る考え方でもある。世の中のために何かをしたい。自分の得意とするやり方で貢献したい。それだけで十分だと、今回の旅は教えてくれた。

 そして、このような心構えでもって行動する時には、必ずこの大宇宙が守ってくれるのだと、皮膚を通して教えてもらったことに感謝したい。(おわり)

2016年3月19日付

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