【移民107周年】サンタ・クルス病院の歴史 優良医療機関として認知

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1939年に創立された旧日本病院(現・サンタ・クルス病院)

「日本病院」とも呼ばれたサンタ・クルス病院の歴史は、在ブラジル慈善協会「同仁会」が1924年に結成されたことから始まる。その歴史は90年を数え、同病院の歴史は日本人移民の歴史とも言える。現在、石川レナト理事長の手腕で、目覚ましい躍進を遂げる同病院が歩んできた道とは――。(佐久間吾朗記者)

同病院の母体となった「同仁会」は、1926年に日系社会初のブラジル政府認可の社団法人となった。新来移住者の多い植民地を訪問、慰問などをし、移住者の衛生知識の普及を図っていた。その後、日本人医師、日系人医師などが中心となり、サンパウロ市に中央診察所を開設。ポルトガル語が堪能ではなかった移住者たちの日系病院設立への気運は次第に高まっていく。それは天皇陛下の御下賜(ごかし)金をきっかけに、日本政府の援助金、そして在伯日本人ほぼ全員が行った寄付金により、39年に日本人の、日本人による、日本人のための病院誕生として形となった。

病院建設に際し、鉄筋やコンクリートなどはすべて日本から輸入された。設計者に病院建設の権威、ルイス・プエシ博士を採用。V字に作られた建物は空気の循環を良くし、院内感染を予防、災害時用の非常階段も設置されるなど、当時としては革新的な造りとなった。プエシ博士の起用には慶応義塾大学医学部を卒業した細江静男氏が尽力し、それ以来、同病院は慶応大学との強い結びつきが現在も続いている。

初代院長には、設計者のプエシ博士が任命された。プエシ博士は病院落成前に死去したが、サンパウロ大学医学部長のベネジット・モンテネグロ博士がその後を継いだ。著名なブラジル人医師が院長になったこの人事は日伯間の良好な関係を意味し、当時の邦字新聞からも称賛された。

当時のサンタ・クルス病院はブラジルはもちろん、南米一の病院と呼ばれ、レントゲンなどの最新技術をどこよりも早く取り入れた。またブラジル医学最高レベルの外科手術の技術を誇り、外科医の養成学校を設立するなど、医学界に多大な貢献をした。

しかし太平洋戦争が始まると、同病院は敵性財産とみなされ、連邦政府の管理下に置かれてしまう。管理下に置かれている間も、日系社会からの同病院への援護は絶えなかった。日本人患者は継続して同病院で診察を受け続け、「日本病院」と呼ばれ親しまれた。

戦争が終わり、連邦政府の管理下を離れた後も同病院の経営陣はブラジル人がほぼ独占し、日系社会へと返還されることはなかった。それでも最先端の病院としての地位は譲らず、サンパウロ市のガン病院の設立、ブラジルで初となる医療保険プランの導入など、すべて同病院の功績だった。

そして日系人関係者の長年の努力により、90年代にようやく日系人の経営復帰が果たされる。早速、新経営陣は改装や同病院の近代化に着手。必要経費はブラジル全土の日系社会やブラジル政府、日本政府を巻き込んだ一大キャンペーンに発展、多方面からの支援を得て無事調達された。

その後、現在に至るまで最新医療技術のレベルを維持しつつ、サービスの向上に努めてきた。それはサンパウロ州医師会から、受付対応の有料病院としての認定書の授与や、患者アンケートで満足度95%を得るなど、形となって表れた。また眼科関連の外科手術は実施件数で国内最高を誇る。

高い技術と知識が必要とされる、複雑な手術にも完璧に対応できる同病院は、優良医療機関として広く認知されている。

石川レナト理事長が語る 病院の現在と未来

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石川レナト理事長

サンタ・クルス病院の現在を語るには、石川レナト理事長の存在は欠かせない。経営を担う理事長として多くの改革に取り組んでいる。

「病院はサービス業」と考える石川理事長は、就任当初に日本式のサービスの導入を予定していた。日本流のサービスについて訪日の度に感服するというのが、その理由だ。しかし職員たちから「サンタ・クルスらしいやり方」を提案されると、それを起用。駐車場の係から入院手続きに至るまで、サンタ・クルス病院流のサービスが貫かれている。これに加え、「気付く」というブラジルには存在しない、日本ならではの文化を浸透させ、より細やかなサービスの徹底を狙う。

蓄電池も3時間しか稼働しなかったものから、24時間稼働可能なものに切り替えた。これまでは悪天候になると、職員たちが停電を心配し狼狽していたが、今はその心配もなくなった。

職場環境の充実で、職員の労働意欲促進も図っている。職員たちへは新しい制服を常に貸与し、医療機器は最新設備を用意。職種ごとの休憩室も開設した。休憩室にはTVやパソコン、コーヒーにスナック、柔らかいソファーを設置。手術後や夜勤時の仮眠休憩もできる。好評を得たこれらの変化は、職員たちの病院への信頼を回復させた手応えがあったという。

就任以来続いている黒字経営の維持も重要な課題だ。今後の重要課題はベッド数の増加。ベッド数が増えないと売り上げも増えないと考え、施設の増築も予定している。

移民たちが貧しい中で、希望を糧に寄付金を出し合って、サンタ・クルス病院は完成した。その思いと歴史、病院の未来という責任が石川理事長の肩に重くのしかかる。「本当に良い、日系社会が誇れるような病院を作りたい」。それが石川理事長が思い描く病院の未来だ。

2015年6月20日付

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