【移民109周年】グァタパラ移住地入植から55年 7県人12家族71人を第一陣として

グァタパラ移住地入植から55年 7県人12家族71人を第一陣として
昨年のグァタパラ入植54周年先亡者慰霊ミサの様子
グァタパラ移住地入植から55年 7県人12家族71人を第一陣として
昨年の入植54周年祭の様子

 1962年1月に「あるぜんちな丸」でサントス港に到着した12家族71人がサンパウロ(聖)州北部のグァタパラ移住地に入植してから、今年で55周年の節目を迎えた。今年7月22、23日には同移住地入植55周年祭が開催される予定だ。「ブラジル日本移民戦後移住の50年」(『ブラジル・ニッポン移住者協会』出版)を中心に参照しながら、同移住地の歴史を振り返る。

 1908年6月18日にサントス港に到着し、ブラジル日本移民の歴史の幕開けとなった笠戸丸移民が就労したファゼンダの一つがファゼンダ・グァタパラだった。通訳として来た平野運平と共に、鹿児島、新潟、高知の各県人87人が暮らした。同年11月初めには、他のファゼンダ同様、就労・生活環境への不満が噴出し、「落ち着かぬ空気が漂い始め」、「争議を起こして追放されれば、より高い賃金を稼げる所へ行ける……という風に知恵を働かす者までいた」という(外山脩著「百年の水流」による)。

 平野運平はそれに対し、同地ファゼンダ内の売店の法外な値段の商品を買わなくても済むように、外部でまとめて安く購入、搬入することを支配人に認めさせたりし、未然に騒乱化を防いだと言われている。この平野運平の下、同地ファゼンダの日本人が増員され、継続雇用された。

グァタパラ移住地入植から55年 7県人12家族71人を第一陣として
2015年、日伯友好120周年を記念したプレートが除幕された

 平野運平は15年、聖州カフェランジア市に『平野植民地』を建設したが、医師不在により風土病が蔓延。60から80数人が病死するなどし、自身も入植4年目に34歳の若さで倒れた話は有名だが、同植民地にはファゼンダ・グァタパラの契約を終えた人も入植していた。

 現在のグァタパラには風土病は無くなり、コーヒー栽培もほとんど残っていないが、そうした先人の日本人移民の墓碑が残っている。

 そうした歴史を持つ当地に建設された「グァタパラ移住地」は、当初全国拓殖農業協同組合連合会(全拓連)が山形、茨城、長野、岡山、山口、島根及び佐賀の7県(各県拓連)から資金協力を得て移住地経営を企画した。しかし、実際には旧移住振興株式会社が移住地の代理取得をし、コチア組合が営農指導を担当した。

 その後、資金的な困難さから移住地造成事業、分譲に関する全ての事業を移住振興会社が代替えし、全拓連が日本国内の入植希望者の斡旋(あっせん)、コチア組合が移住地内での営農指導、生産物の販売等で協力することになった。

グァタパラ移住地入植から55年 7県人12家族71人を第一陣として
移民たちはモジグアスー川に架かるこの橋を渡りグァタパラへと入植した

 62年1月10日サントス港着の「あるぜんちな丸」に乗船した同7県人12家族71人を第一陣に、同移住地への入植が始まった。

 同移住地の特徴は、計4つの分譲地に分かれていたことだ。主に灌漑水による水田米の栽培をする低地があり、丘地部分は、宅地、果樹(柑橘)栽培地、雑作栽培地の3つに分かれていた。

 低地は耕地の外縁を取り巻くモジグアスー川の広大な氾濫原野を川に沿って堰提を築き、雨季に増水する同川からの水と丘地部から流入する水を完全に堰き止め、なお冠水する場合には排水口より高馬力のポンプを用いて同川に排水する。また、乾季には必要な用水を同川から取水し、灌漑用水を取り入れる構造になっており、非常に理論的な考え取り入れたを耕地になっていた。

 しかし、理論通りにはいかなかった。一つ目には丘地が前記の3つに分譲されていたために、労力の効率が悪く、無駄に時間ばかりがかかったこと。二つ目には低地の水田栽培は米の値段に比較して灌漑用水料が高く採算割れになったこと。3つ目には、低地の維持、管理費が高く、また低地に関心のない入植者が維持、管理維持を怠ったために、低地に専念する人がその分まで維持、管理費を負担しなければならなかったことが理由に挙げられる。

グァタパラ移住地入植から55年 7県人12家族71人を第一陣として
移民たちが降り立った旧グァタパラ駅

 様々な試行錯誤を繰り返した末、丘地を希望する入植者と低地を希望する入植者とが農地の交換分合を行い、丘地占有者と低地占有者に分かれていった。丘地占有者は養鶏、柑橘栽培を行い、低地では米、レンコン、その他にんにくなどの農業が行われた。

 茂木常男会長によると、現在92家族が同移住地に暮らしており、全盛期の140家族に比べると減少しているものの、まだ1世も数多く、養鶏や借地によるカンナ(サトウキビ)生産を中心に、レンコンやシメジ栽培も行われているという。

 今年の同移住地55周年記念祭は、サンパウロ市から前記7県人会の代表も招待され、例年より多くの来場を見込んでいる。

2017年6月24日付

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